6話
「どうしたん?」
「……ん。見られてた。多分人間」
「え?」
「場所は?」
「西、七、八百m、赤い看板の裏」
呆気にとられる紫苑は、無言で東条の方を向く。
「こいつがヤバいだけだよ。流石に俺にも分からん」
「にしても、やろ」
「それな」
食べ終わった東条は、箸を置き立ち上がる。
「どうする?引き摺ってくるか?」
ノエルは少し考え、「いや」と口を開く。
同時に、看板の裏から、観念したように男が出てくるのが見えた。
「……何mあると思ってんや。普通気付かへんやろ」
男、真狐は看板に凭れ、溜息混じりに頭を掻く。
昨夜、三人の事は早々に見つけたのだが、寝ているのを起こすのも悪いと思い、夜が開けるのを待っていた。というか、座ったままジッとしていたマサはんが、寝ているのか起きているのか分からず怖すぎて近づきたくなかった。
それで観察しながら機会を窺っていたら、ノエルちゃんとバッチリ目が合ってしまったというわけだ。
「隠れてても、しゃーないな」
真狐は深呼吸して、一思いに立ち上がる。何ともないような顔を貼り付け、此方を見る三人へと歩いて行った。
「初めまして。ごめんなさい」
出会い頭に頭を下げる男を、東条は皿を洗いながら見る。胡散臭そうなツラだなー、と。
「有名なお二人が見えたんで、ちょっと覗いてしもたんです」
そこで、
「……何やってるん、真狐さん」
紫苑が呆れたように口を開いた。
「久しぶりやなぁ紫苑ちゃん、元気してた?」
「ぼちぼちです」
「そりゃ良かった」
「紫苑、知り合い?」
ノエルがヘラヘラと笑う狐目を指差す。
「ああ。うちにここでの生き方を教えてくれた人。一応恩人」
何と、そうだったのか。洗い物を終えた東条は、皿を拭きながら感心する。
「……へー」
ノエルが足を組む。
「おい恩人」
「な、何でしょう?」
「潔く出てきたのは褒めてやる。それで?最後に言い残すことは?」
「命だけは堪忍してください!」
「じゃあ指詰めろ」
「重くない⁉︎」
テンポの良いやりとりに、紫苑がやれやれと首を振り、そんな彼女に東条は拭いた皿を手渡す。
「はいこれ、ご馳走様」
「ん?ああ。それよりノエル止めてあげて。あのままじゃほんまに指切りそう」
「えー」
指を引っ張るノエルと、全力で抵抗する真狐。
「ちょっ、待ってや!え、ガチ?ガチで切ろうとしてる⁉︎」
「笠羅祇が言ってた。ムカついた奴は取り敢えず指詰めとけって」
「誰やそれ⁉︎絶対普通の人ちゃうやん⁉︎」
「ヤクザ」
「ヤクザやん⁉︎」
「とりあえず十本」
「両手全部⁉︎スナック感覚で指詰めんといて⁉︎」
「じゃあ十五本」
「なんで増えるん⁉︎」
ちょっと本気で焦ってる狐目が哀れに思い、東条はノエルの肩を叩く。
「その辺にしといてやり。興味本位で俺らを見る奴なんて、今日日いくらでもいるだろ」
「マ、マサはんっ」
真狐は東条の言葉に感謝し、涙ぐむ。
「んー、……指切ってみたい」
「サイコパス!」
「じゃあ一本だけだぞ」
「だぁめだこりゃ!」
諦めた真狐の叫びが、室内に悲しく響いた。
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