4話

 

 ――辺りも暗くなり、夜行性のモンスターが徘徊し出す頃。


 座り込んでいた紫苑は、寄り添ってくれていた東条から離れ、目元を腫らしながらも元の毅然とした表情を作った。


「……ごめん、」


「いいってことよ」


「……ノエルさんも、ごめん」


「ん」


 微妙な沈黙の中、ノエルがキーボードを弾く音が響く。


「……うちは、やっぱり特区に行きたい。自分の目で、見るべきやと思う」


「そうか」


 足を崩して座る東条は、自身に言い聞かせているような紫苑を静かに見つめる。


「今のうちは、あそこで通用する?」


「まぁ、通用はするよ、能力のおかげでね。その他諸々の力量は、精々Lv3のモンスターと同等ってとこかな」


「……そう」


 弱々しい返事をする彼女に、パソコンを閉じたノエルがトコトコと寄ってきた。


「お前のcell、転移?」


「え?あ、ああ」


「こらこら、能力の話になった途端入ってくるな」


「転移の対策は必須。マサも『逢魔』の厄介さ見た筈」


「そりゃそうだけども。傷心中の女の子に聞く事じゃねぇだろうに」


「こいつはノエルに迷惑を掛けた。これは慰謝料」


「そ、それはごめん(シュン)」


「鬼かお前」


 東条の胡座の上に座る幼女に、言われるがままの正座する紫苑。


「転移は覚醒率が高いくせに、めちゃ有用な能力の一つ。会ったら話聞こうと思ってた」


「そなの?」


「ん。恐らく、『遠くに行きたい』、『旅行が好き』、『居場所がない』、『逃げたい』とかの心は、総じて転移系の能力に覚醒する確率が高い。だからいっぱいいる」


「へ〜」「……(そうなんや)」


「お前の境遇には興味ない。ノエルは転移の弱点を知りたい」


「鬼かお前」


 紫苑は困ったように頬を掻く。


「ほらぁ、紫苑さん困ってんだろ?やめてあげろよ!そもそもcellは個人情報扱いだぞ、お前のやっている事は日本国憲法に抵触している!」


「いつからノエルに憲法が適用されると錯覚していた?」


「んん反応に困るボケはやめろ!」


「……な、なあ、」


 二人の漫才じみたやり取りに、紫苑は躊躇いながら手を伸ばす。


「うちは別に、話したくない訳やないんや。逆に聞きたいと思っとった。先の手合わせで、うちの弱点が見えてたら教えて欲しい」


 東条とノエルは顔を見合わせ、それなら、と口を揃えて言った。


「「座標」だな」


「……座標?」


「お前の転移には致命的な欠陥がある。

 お前の戦い方を見ただけで、文字を使わない転移にも、座標指定とジャンプの二工程が必要だと分かった。

 加えてジャンプ後に運動エネルギーはリセットされるから、そこから体勢を組み立て攻撃に移さなければいけないのも分かった。

 ジャンプの前に少しだけ体勢を作る事でカバーしているのは良かったけど、座標場所がバレバレすぎて弱点以前の問題」


 一気に捲し立てるノエルの洞察力に、紫苑は驚愕する。

 あの短い戦闘だけで、ここまで見抜けるものなのか?自分の技術が甘すぎたのか、それともこの二人が異常なのか。


 というか、


「……わ、分かるん?」


「何が?」


「うちが跳ぶ場所が」


「当たり前。何でマサがお前の攻撃を全部防げたと思う?来る場所と跳ぶ直前の体勢が分かれば、攻撃箇所の予測は容易に立てられる。

 お前は転移を全く使い熟せていない」


 口をポカンと開けたまま、紫苑の顔が東条にスライドする。


「……まぁ、こいつの言う通りだな。でもあんま落ち込まないでいいよ。相当難しい事言ってるから」


 目に見えて肩を落とす紫苑を、東条はケラケラと笑う。


「君にはちゃんと二級の力量があるから、そこは心配しなくていい」


「……さっき、Lv 3のモンスター程度って言われたんやけど」


「それはcellを無視した場合。

 転移ってのは、それだけ強力な能力って事。扱いも難しいだろうし、君が今まで努力してきたのは分かってるから」


「……あんた、本当は良い人なん?」


「あ?当たり前だろ。俺ほど優しくて寛容な男そういないぞ」


「マサはメスに甘いだけ。胸がついていれば見境なく欲情する」


「おぃい⁉︎」


「……」


「嘘だよ⁉︎嘘だからね⁉︎」


「あの、もう少し離れて、ください」


 自分の体を抱き距離を取る紫苑に、東条は地面に両拳を振り下ろし抗議する。


「はぁ、はぁ、まぁいい。間違ってもないし」


「……そこは否定してくれ」


「良いんだそんな事は!アドバイスをくれてやる!心して聞け!」


「あ、ああ」


「君は今まで、転移の能力のみを鍛え続けてきただろ?きっと適性検査の魔力試験では、思ったよりポイントが取れなかった筈だ」


「何でそれを……」


「俺が思うに、座標指定は転移能力じゃなくて魔力操作の分野だ。君は指定した場所に寸分違わず跳べるけど、入念に場所を準備しないと跳べないんだ」


「入念にって、うちは座標指定に一秒しかかけてない」


「一秒あれば、俺は君を殺せるぜ?」


「っ……」


「コンマの中で生死が決まる。特区はそんな場所だ。戦う覚悟をするなら、それくらい頭に入れておきな」


「……分かった」


 紫苑は自分の認識の甘さを理解し、膝を崩し東条をまっすぐ見た。


 ――それから東条はノエルと一緒に、彼女の魔力操作の練度を見ながら、転移に使っている余剰魔力を省かせ、座標指定から転移に移る限界速度を測定し、実験しまくった。


 擦り傷まみれになった紫苑が、肩で息をする。


「じゃあ次は0.1秒行ってみよう」


「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ング、ふぅぅ……分かった」


「三、二、一、ゴー」



 ガシャアンッッ‼︎



「……ぶっ飛んだ」


「ぶっ飛んだな」


 二人は歩きながら、商品を蹴散らしガラスをぶち破り吹っ飛んだ紫苑の後を追う。


「てか、ノエルが彼女の訓練に付き合うのは意外だったな」


「cellの成長過程を記録出来るのは楽しい」


「成程ね」


「マサも楽しんでる」


「ついな。美人を調教するのが楽しくて」


 東条はジト目で睨みながら寝っ転がる紫苑に手を伸ばす。


「……何で紗命はこんな男を」


 彼女はその手を取って起き上がり、ガラス片をはたく。


「カッコいいからだろ」


「「ハッ」」


「あ?」


「ノエルどうやった?」


「失敗はしたけど、座標には跳べていたし、座標の構築も綺麗だった。これからは、0.1秒で一連の動作を完結出来るように、反復練習」


「おい、俺がカッコよくないってか?」


「ああ、分かった。おおきにノエル」


「ん」


「あれ?俺には?」


 ノエルが紫苑にタオルを投げ渡す。


「そういえば言ってなかったんやけど、座標を物質に指定すれば、その動きを一瞬止める事が出来る。これ武器になる?」


「おーい」


「……空間を固定してるから、物質にも影響が出るのか(ボソボソ)……今からノエルが腕動かすから、魔力効率度外視で全力でかけて」


「分かった」


 ノエルが腕を振った瞬間、ほんの少しだけ、ほんの少しだけラグが生まれた。


「……紫苑、鼻血」


「大丈夫ですか⁉︎」


「え、あ」


「これは危険。壊された座標の魔力が、全部本人に返ってきてる。格下にしか通じない。ノエルが多少強化すれば、何のラグもなく歩ける。雑魚相手には有用」


「そうか、分かった」


「そうなのか。気を付けような紫苑さん!」


「今日はここまで。お腹減った」


「ハハ、カップ麺で良かったらご馳走するよ」


「ん。問題ない」


「それは僕もですよね⁉︎」


「その前にお風呂行かへん?この近くに銭湯あるんよ。湯煙ラッコもおるんよ?」


「行く」


「俺も、……俺も、……ふぅ」


 スタスタと歩いて行く二人の背中を眺めながら、東条は夜空を仰ぐ。



「……何見てんだよ」

「クゥン」



 悲しそうな瞳で見つめてくるモンスターが、とてもウザかったです。

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