二章 えらいこっちゃ
5話
§
「……はぁ、さてさて」
ボスに調査を命令された真狐は、懐中電灯で辺り一帯の暗がりを照らす。
(こんな所にトレントあったか?)
大通りを塞ぐように、鬱蒼と茂るトレント林。
彼はある程度の確信を抱きつつ、林の中へと足を踏み入れて行く。
モンスター同士の殺し合いで、多少のトレントの移動は日常茶飯事だ。その所為で道が塞がる事もしばしばある。
……しかし、この規模は。
「……マジかい」
一際大きなトレントの幹を照らした真狐。その額を、冷や汗が垂れた。
幹にめり込んだ、人の大きさ程もある外骨格。千切れた羽。凶悪な顎と毒針。
つい今朝まで、万の軍勢を率いていた女王の屍が、そこにはあった。
真狐は辺りのトレントをぐるりと照らす。
「……ほんまに、5千匹全部殺ったんかい」
改造された女王の危険度はLv 5相当。群れを含めればLv6かそれ以上、都市壊滅級すら超えるこの軍隊を、たった数時間の間に全滅させた?何の冗談だ。
真狐は林から出て、深呼吸を一つ。
……彼は知っている。
今この危険区域内で、こんな事が出来るのは二人しかいない。
ボスの部下の誰よりも早く、見つける必要がある。
「……マサはんと、ノエルちゃん。怖かったら嫌やなぁ」
真狐は糸目を薄く開き、これから始まる大博打に心躍らせるのであった。
§
翌朝。東条は一人起き上がり、紫苑の隣でよだれを垂らし寝ているノエルを揺する。
「おい、起きろー。朝だぞー」
「っ」
その声に、ノエルではなく紫苑が跳ね起きた。
目が合い、気まずい空気が流れる。
「……何だよ」
「あ、いや、……おはよう」
「んだよ、襲われるとでも思ったか?」
「まぁ」
「ほんとに襲ったろかこんちくしょう」
東条は眠た気に起き上がるノエルの手を引き、レストランの厨房で顔を洗わせる。
その横で、紫苑は顔から雫を垂らしながら口を開いた。
「……うち、危険区域でこんなにぐっすり寝たん、初めて」
「良かったじゃねぇの。睡眠は大事だぜ。……洗ったか?」
「ん〜」
「ふぅ。カオナシはどうやったん?」
「何が?ほれちゃんと拭け」
「むぅ〜」
「最初からぐっすりやったん?」
「……そーいや、あんま考えた事なかったな」
ノエルの手を引く東条は、トレントの上で寝ていた頃を懐かしむ。
「俺がクソ雑魚ナメクジだった頃は、トレントの上に拠点作って寝てたな」
「凄いな」
「ハンモック取り付けて快適にしてたし、室内だったからぐっすり寝てたけど、……今考えりゃ、普通に寝首掻かれてもおかしくなかったな」
「……イカれてる」
「黙らっしゃい。あの場所で生き残るにゃ、それくらい楽しめなきゃダメだぜ」
「逆に?」
「逆に」
「やっぱイカれてるやん」
「黙らっしゃい」
――レトルトの朝食をつつきながらスマホを弄っていた東条は、不意に来た一件のメールを開く。有栖からだ。
「……お、船の予約取ってくれたってよ」
「いつ?」
「明日の朝一」
「えー」
ノエルの嫌そうな顔に、紫苑が微笑む。
「なら、今日中にはここを出るって事?」
「そうなるな。悲しいか?」
「なわけ。清清するわ」
「え、何?君俺の事嫌いなの?」
「?当たり前やろ」
ガンっ、とテーブルに頭を打ち衝撃波を放つ東条。
「あと君って呼び方やめて。紫苑でええ」
ぶっきらぼうに吐き捨てる彼女を、東条は顔を上げキョトンと見つめる。
「……あ、さては紫苑、お前ツンデレだな?」
「死ね」
ガンッ。
紫苑はバカから目を逸らし、さっさと立ち上がり皿を洗おうとする。
その際、さっきから窓の外をジー、と見つめているノエルが気になり、覗き込んだ。
「どうしたん?」
「……ん。見られてた。多分人間」
ノエルは何ともないような顔で箸を口に運んだ。
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