2話
東条は写真の中の彼女を見つめ、面影の残るその微笑に懐かしさを感じる。
ただ、……。
「……」
彼自身、心境の変化に少し驚いていた。
彼女達を思い出す度に感じていた後悔や痛みは、不思議とあまり感じなかったのだ。
時間という流れの中では、楽しかった記憶も、それこそ死にたくなるような苦痛も、いつかは記憶の片隅で埃を被る。
それが起こったという過去は覚えていても、その時に感じた感情を、百%現在に引き継ぐ事は、時の流れが許さない。
「……」
「……ん、?」
近くに来たノエルの頭を、ポンポンと叩く。
……しかしだ、こんな事を言えるのも、俺があの時、俺の中の止まった時計の針を動かしてくれる存在と出会えたからだ。
全員死んで、本当の孤独を知ったあの日、確かに俺の中の時間は止まった。流れが止まり、過去が現在になり、未来が無くなった。
そんな俺を過去から無理矢理引っ張り上げたのが、ノエルだった。
こいつと出会わなければ、俺は今でもあの場から動かず、ずっと過去を見ていただろう。
「どうも」
「あ、ああ」
紫苑に写真を返す。
薄情だと言われたら、そうなのかもしれない。
……だけど俺は、それはきっと違うと思う。
苦痛を過去に出来るのは、今が幸せだからだ。
その事実を否定して何になる?どれだけ後悔しても、どれだけ涙を流しても、進んでいる自分がいるなら、俺はその今を肯定するべきなんだ。
悲しみを忘れる事は、彼女を忘れる事じゃない。
痛みを忘れる事は、彼女を忘れる事じゃない。
俺はこれからも紗命と共に、この先の人生を生きてゆく。
それこそが、俺が今を生きている証明になるのだから。
「……彼女の名前は黄戸菊 紗命。俺が愛したたった一人の女性で、今はもうこの世にいない人だよ」
そう言う東条の顔はどこか寂しげで、……それでも、懸命に上を向こうとする、強さと切なさが映っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます