20話

 

 坊さん達があまりの惨さに遠くから駆け寄ろうとする中、ノエルは地面に腕を突っ込み多聞天を引き摺り起こす。


 その首は直角に曲がり、顔面は半壊していた。


「はっ、これが軍神?」


「――」


「人に感謝されて調子にでも乗ったか?同胞」


 指に力が込められ、ミシミシミシ、と鈍い音が鳴り出す。


 そんな光景を見る東条も、別に彼女を止めようとは思わなかった。


 アイツはノエルに殺気を送ったのだ。自分なら別に何とも思わないが、自然界のそれは、殺し合いの合図だろ。


 いよいよ圧迫に耐えきれず、多聞天の頭部が凹んだ、


 ――その時、


「「――っ⁉︎」」


 上空から、何かが二人の元に落下してきた。

 ノエルと東条はその場から飛び退き、砂煙の中を睨みつける。


「――」


 背中に轟々と揺らめく日輪を背負い、右手には竜の巻き付いた倶利伽羅剣、左手には両端に法具の付いた縄。


 ……間違いない。


「……不動明王」


 それまで正直舐めていた東条とノエルは、その姿を見た瞬間に戦闘態勢に入った。


 空から降ってきた所を見るに、ノエルの索敵すら届かない遥か上空で浮いていた説が濃厚。

 その立ち居振る舞い、正に京の守護神に相応しい。


「……ありゃヤベェな」


「……見れば分かる」


 白い波模様の入った体表と、纏う魔力の圧が、何処となく白猿に似ている。


 いや、禍々しさがない分、よりノエルに似ていると言った方が正しいか。


「……なあ住職さん、こいつぁ何だ?俺はこんなのが京都にいるって知らなかったんだが」


 首の折れた毘沙門天を、増長天がスタコラ運んで行く。


 東条は眼前の明王から目を逸らさず、住職に質問を投げかけた。


「……まさか不動明王様が御出になるとは(ボソ)」


 頭を下げ手を合わせる坊主達の先頭で、住職が口を開く。


「我々と国の上層部以外、不動明王様を知る者はいません。秘匿については不動明王様もご理解していただいた筈なのですが、……どうやらあなた方と話がしたいようです」


(話?)


 その時、明王が静かに、剣の切っ先を地に置いた。


『信徒達よ、外せ』


「「――っ」」


「「「「「「「承知致しました」」」」」」」


 ぞろぞろと去って行く坊主達を見て、東条は冷や汗を垂らす。


 成程、道理で国の重要機関を京都に移した訳だ。

 そこにどんな取り決めがあったのかは知らないが、そりゃこんな化物に守られてんならさぞ安心だろうさ。


「かー、結局信用はされてないって事ね。俺ぁ悲しくて泣いちまうよ」


「そんな事分かりきってた。今更悲しむ事じゃない」


 明王が大きな目をギョロつかせ、二人を見た。


『我の力は民草に恐怖を与えかねない。故に秘を命じた』


 東条は目を見開く。


「……おい、俺今モンスターに同情されたのか?」


「ん。神様は哀れな者を救う」


「やかましいわ」


『……主等は仲が良いのだな』


 二人の掛け合いを無表情で見ていた明王は、どこか悲しげに剣を抜いた。


『我の願う所は、同胞の駆逐、民草の安寧』


「……あんたは自分を、モンスターだって認めてるんだな」


『是。神様などと呼ばれていようとも、所詮は受肉した身。朧げな形で創られた、ハリボテの神よ』


「(受肉?)……スピリチュアルな癖に、随分とリアリストなんだな」


「……」


『そうでもなければ、とっくに我は神の力でモンスターを駆逐し、民草を悟りに導いている』


「ま、そりゃそうか」


 所詮はモンスター、人間が創り上げた神ほど、万能ではないという事だ。


「しかし何だ?あんた、結構話してて楽しいな」


 東条は思ったより会話の出来る明王に、少しだけ警戒を解いた。


 しかし次の明王の行動に、彼は再び眉を顰める。


 倶利伽羅の切っ先が、明確に二人へ向けられた。


『悪いな、人間。我は善の味方であり、悪の敵である。現界した我にとっての悪とは、欲であり、モンスターである。


 故に主等二人にとって、我は絶対の敵対者である』


「……」「……」


『……と言っても、我も無謀無知ではない。主等二人を、今ここで滅する事が出来ないのは承知している。

 ……しかし、どちらかを道連れにする事は出来よう』


「……」「……」


 明王は再び剣を下ろす。


『故に提案だ。、民草に害を与えないと誓え。さすれば、我はこの場から引こう』


 その提案を聞いた東条は溜息を吐き、呆れたように掌を上に向けた。


「いや別に全然良いけどよ、俺等がいつ一般人に手ぇ出したよ?

 ノエルは、まぁ多少人食ってっけど、もう食わねぇと思うぜ?なあノエル?」


「……ん」


 東条は明王をずっと睨み付けたままのノエルを一瞬見つめ、再度明王に笑いかけた。


「ほら」


『……了。我は主等を信じよう。

 しかし人間、過去の過ちについては確かにそこな娘に言ったが、

 未来に関して我が最も警戒しているのは主だ』


「え、俺?」


『警告だけはしておく。絶対に呑まれるでないぞ』


「呑まれるって、cellの事か?あんた、俺のcellについて何か知ってんのか?」


『その力は、他に教えられ理解するものではない。己で深め、理解せよ』


「でも絶対に呑まれるなって?結構無茶じゃね?」


『否。その為に、人間には理性がある』


「神様が言うと説得力があるわ」


 東条と明王は、お互いに戦闘態勢を解いた。


「俺も善処するからよ、あんたも、ここでの会話は無かった事にしてくれねぇか?その民草に知られると、色々やり辛いんだわ」


 これ、その為の結界だろ?と東条が上を指差すと、明王は少しだけ驚いた反応をした。


『(……気づいていたか。万が一の時、主等を逃さない為に張った物だが、)

 ……了。我はその提案が、民草の為になると判断した』


「ども。んじゃ、俺達はもう行くわ」


『了。再び会わない事を願う』


「ほら行くぞノエル」


「……ん」


 東条がノエルを連れ、その場を去ろうとした時、


 ふ、と明王が思い出したように二人の背中に訪ねた。


『して娘』


「……ノエル」


『ノエルよ、主は何故その者と旅をしている?我には分かるのだ。



 まだ若いが、主、……王であろう?』



「――ッ」

「おいノエル⁉︎」


 その場の砂利を蹴り砕き超加速したノエルは、明王に向かって渾身の一撃を振り抜く。


 拳と明王の左腕が衝突し、大地が波状に陥没した。


 ノエルは身体を捻り、流れるように顔面向けて回し蹴りを放つ。


『ぬ』


 炸裂音。明王が地面を削りながら吹っ飛んだ。


「『ロゼ』」

「おまっ⁉︎」


 大地に手を当てたノエルは、嘗てキュクロプスを惨殺した名を唱える。


 無数の荊の蔦が蠢き、その命を啜らんと、明王へ向かって地を縫い迫る。


 立ち上がった明王は目を瞑り、冷静に唱えた。


『ナウマク・サマンダ・バザラ・ダン・カン』


 刹那、背面の炎が膨張し、荊の悉くを焼き散らした。


「……」

「おいっ」


 再度技を放とうとするノエルを、東条が引っ掴んで傍に抱える。


『結界解け!』


『……了』


 助走をつけた東条は、脚部を武装し、一気に寺の外へと飛び出た。

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