19話 『神様』
東条は家屋を飛び越えながら、次の目的地を目指す。
道中、平和そのものの街並みを見ながら。
「……不思議」
「だな。ここまで穏やかな県、もう日本中探してもここくらいだろうさ」
それは京都が元来持っていた特有の空気感、
などではなく、あの大災害の中、京都のみに起こった特異な事情にある。
国の調査によれば、あのモンスターを生み出した球体は、沖縄と北海道を除き人口の多い場所に出現している。
都会と言っても過言ではない京都も、例に漏れずその一つに入っていた。
では何故緑化の影響が無く、ここまで人々が安心した顔をしているのか?
「よっ」
東条は地面に着地し、ノエルを下ろす。
その秘密の一つが、この場所にあるという訳だ。
日本に唯一現存する、平安京の遺構。――東寺。
二人はその門を潜り、境内へと足を踏み入れた。
「噂によると、手合わせしてくれるらしいからな」
「準備運動」
ジャリ、ジャリ、と奥に進むにつれ、閑寂な印象のある寺院には似つかわしくない、撃音や轟音が目立ってくる。
そして大きな広場に出た二人が目にしたのは、正に戦場であった。
魔法や剣線が乱れる中、上半身裸の坊さん達が、デカい像に吹っ飛ばされる、そんな光景。
十何人の坊さん達を軽くあしらう、人ならざるモノ。
それとは別に、北、西、南の位置に立ち、戦闘を見守る三像。
成程、
「……あの動く像が、『神様』か」
「「「「……」」」」
瞬間、四つの像の瞳が二人へ向いた。
四像の変化に気付いた坊さん達も、不思議そうに二人を見る。
東条がどうしようか悩んでいた時、観戦していた中から代表者と思わしき法衣を纏った坊さんが歩み出た。
「これはこれは、気付かずに申し訳ございません。本日はどのような御用向きでしょうか?参拝ですか?それとも、修行ですか?」
「あー、多分修行です。(……この坊さん強ぇなぁ)」
にこやかな顔とは裏腹に、全身から迸る魔力。只者ではない。
「分かりました。……御二方の事は、世情に疎い私でも存じております。彼の地で多くの者を救った御仁だと。尊敬いたします」
「いや……まあ、はあ」
「これはすみません、話が逸れてしまいました。本日は四天王様の試練を受けに来たという事で、宜しいでしょうか?」
「四天王?」
ノエルが首を傾げる。
「はい。あの大厄災の日、京都をお救いになった神様達です。あのお方達が持つ退魔の力のおかげで、今も京は平和なのです」
そう。彼等こそが、京の都をモンスターから守っている番人なのだ。
京にはまだまだ沢山の『神様』がいるらしいが、この場所の神様が一番強いと聞き、東寺にやって来たという訳だ。
(モンスターなのに人間守るとか、可笑しなのもいたもんだ)
「へー……」
ノエルは四像の持つ宝具をジー、と見つめ、一言。
「あれ欲しい」
「バカお前、バチ当たんぞ」
「はははっ、カッコいいですもんね。その気持ち分かりますよ」
お坊さん、コイツ多分本気で言ってますよ。東条は笑う住職に苦笑いを浮かべるのだった。
「それでは此方へ。神様達が、あなた方に必要な試練を授けてくださいます」
広場の中心に案内された二人は、自分達を囲む四像をぐるりと見回す。
「……東が持国天、西が広目天、南が増長天、北が多聞天だったかな」
「マサ、知ってるの?」
「おおよ。厨二病ってのは、神様とか伝説とかに弱いからな。四天王くらい知ってるぜ」
持国天はその宝刀で魔を祓う、
広目天はその千里眼で世を見通し、
増長天はその槍で万物の成長を促し、癒す。
そして多聞天は、
「……何と、多聞天様がお出になるとは、」
「あの二人、どんな業を背負っているんだ?」
「あの少女、見かけによらず煩悩の化身なのか?」「男の方では?」
「そうだな。煩悩のオーラが出ている」
何でも出来る、スーパー神様だ。
「……御二方、怪我をなされても、増長天様が癒して下さいます。どうぞ、好きな時にお挑み下さい」
多聞天が左手の宝塔を掲げ、右手に持った三又の鉾に似た武器、三叉戟で地面を打ち鳴らす。
初手は此方に譲ってくれるのか。
東条は坊主達が見守る中、着物の懐に左手を預け、さて、とノエルを見る。
「どうするよ?……アイツ、お前にバッキバキの殺意向けてるけど」
あれ本当に正義の味方か?絶コロの意志ビンビンなんですけど。目が怖いんですけど。
「……下等モンスターが」
苛立つノエルが強化を纏い、悠々と前に進み出る。
『神様』はモンスターを狩るモンスターだ。ノエルの事を本能的に見抜いているのかも知れない。
数メートルの距離を開け、二人が対峙した。
「気ぃつけろよ。多聞天の別名は毘沙門天、最強の軍神でもある」
「ん。それが本当か、……ノエルが試してやる」
「――」
ジャッ、と砂利が舞った瞬間、ほぼ同時に金属が衝突したような音が鳴り響く。
ノエルの蹴りを、多聞天の三叉戟が防いでいた。
「……」
間髪入れず、大地から連続で突き出る木の杭。
うねるそれ等から軽やかに後退し、難なく捌く多聞天に向かって
ノエルは地を蹴り、一瞬で作成した木刀を振り被る。
再度衝突、爆音、辺りの砂利が根刮ぎ吹き飛んだ。
そこから始まる、ノエルの高速連撃。技術もクソもない、力任せの殴打、殴打、殴打。
しかしそこは軍神、技術を駆使し、片手の三叉戟だけでその全てに反応していた。
はたから見れば最早異次元の剣戟。坊主達は開いた口が塞がらない。
「あれを、年端も行かぬ少女が?」
「一体どんな修羅の道を進んで来たと言うのだ」
そんな中ダラダラと観戦しながらも、東条は感心していた。
坊さん達は分かっていないようだが、本当に凄いのはあんな動きが出来るノエルではなく、アレを技術だけで捌ける多聞天の方だ。
一体どこで学んだのやら、不思議は尽きないが、……そろそろだろうか。
いくら凄い技術も、『圧倒的』と言う言葉の前では、全てが小手先となる。
一撃一撃が大砲レベルの打撃を、休む暇もなく数百と浴び続ければ、当然――
「ほれ」
乾いた音が鳴り響く。
数多の魔を祓ってきた三叉戟が、へし折れた。
ノエルはステップを踏み半回転、思いっきりガラ空きの顔面をかち上げる。
宙を舞う神を前に、坊主達が悲鳴を上げる。
それを無視して投擲したノエルの木刀は、しかし謎のバリアによって弾かれた。
「空も飛べんのかよ」
宙に浮く多聞天を守る、光のベール。
だけでなく、かち上げによって罅割れた顔面も、少しずつ回復している。
その出所は左手の宝塔。何あれ欲しい。
その時、
「ん?」
東条と多聞天の目が交差した。
「――っ」
途端此方に突き進んでくる多聞天、東条は慌ててバックステップで跳躍する。
――着弾。
盛大な土煙が晴れたそこには、小さくないクレーターが出来上がっていた。
コイツ、バリアのまま突っ込んで来やがった。
再度加速し突進してくる多聞天に、東条は青筋を立て右足を浮かせる。
そこに漆黒の武装を纏って。
「舐められたもんだ、なッ」
インパクト。
ガラスが割れるような音と共に、右足を伝わるメリメリメリッ、という感触。
「――」
顔面に回し蹴りを食らった多聞天は、地面と並行にぶっ飛――
「雑魚が」
――ぶ瞬間、天から堕ちてきたノエルの踵落としにより、軌道を直角に曲げ地面に突き刺さった。
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