3章 出発

18話

 

「本当にもう出発なさるのですか?」


 ゆまは門の前にて、小型のリュックを背負ったノエルと、ストレッチをする東条を悲しげに見つめる。


「ん。充分休んだ」


「そろそろ出ねぇと、身体が鈍っちまうしな」


「……有栖様への挨拶は宜しいのですか?」


「メールしといたし、まあいいだろ」


「ん。ゆま、有栖の事頼んだ」


「――っ」


 淡々と述べるノエルを、ゆまが抱き締める。


「勿論でございます。この家に近づく不埒な輩は、私が皆殺しにします」


「ん。……ゆま、スキンシップ多い」


「ゆまさん俺にも抱きついていいんだよ?」


「ノエル様、どうかお気をつけて」


「ゆまさん?」


 手を離したゆまは姿勢を正し、頭を下げた。


「では、お二人共、……良い旅を。存分に楽しんで来て下さい」


「ん。マサ、行く」


「……うぃ」


 トボトボと歩く東条に、ゆまはクス、と笑う。


「……マサ様?」


「ん?」


「良い旅を」


「っおう!」


 ゆまは並んで歩く二人の後ろ姿を見送りながら、(有栖様が嫉妬するのも、分かりますね)と笑うのだった。



 ――「さて、まずは着替えなきゃな」


「ん。ワクワク」


 京都の繁華街へ来た東条とノエルは、周りの注目を集めながら、カジュアルな和装専門店の扉を開いた。


 ――数十分後。「もしかしてさっきの、カオナシとノエルじゃね?」と勘付き、店の前で待っていたギャラリー達の前に、二人が扉を押し開け姿を現す。



 男の着物は、上下ブラックのセットアップ、下には袴を履き、足には草履。動き易さを重視した装いだ。

 彼がグレーのトラッド調の上衣を羽織る際、背中から右腕にかけて巻きつく様な白蛇のデザインがチラ、と見えた。


 少女の着物は、黒の下地に白い玉兎が散りばめられ、帯には控えめに唐草の紋様が施されている。手元には小さなポーチがぶら下がり、彼女の歩調に合わせ、履いた下駄がカラン、とこ気味いい音を奏た。

 もう可愛いとか通り越して見た者が尊死するレベルだ。



「「「「「「「「きゃーーー‼︎‼︎」」」」」」」」


「うぉっ」


 興奮のあまり押し寄せ来た民衆が、漆黒のバリケードによってツンのめる。


 自身の装いをくるくると回って確かめたノエルが、満足気に頷いた。


「ん。気に入った」


「お気に召した様で何よりだ」


 民衆の期待に応えポージングするノエルに乗り、ポーズを取ること数秒。


「ん、妾を運びてたもれ」


 飽きたノエルが東条の裾を引っ張る。その可愛さに、またも黄色い声が飛び交う。


「へいへい。しっかり捕まってて下さいよお姫様?」


「ん」


 東条はノエルを横抱きに抱える。


「「「「「「「「きゃーーーー‼︎」」」」」」」」「私もお姫様抱っこしてぇ‼︎」「カオナシそこ譲れぇえ!」


 脚を武装。バリケードを解く。ギャラリーが雪崩れ込んでくると同時に、


 大跳躍した。


「ひゃ〜〜」


「いやっほぉォオー!」


 ――燦々と輝く暖かな日差し。


 ――雲一つない蒼穹。


 ――眼下に見える人々の営み。


 今この時、彼等の新しい旅路が幕を開けた。

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