21話 秘密


 ――「……」


「……」


 東条は夕焼けの中、背中にある温もりを背負い直し、再び跳躍する。


 自身の背中で、長い間黙り込んでいるノエル。


 背中越しに感じるのは、怒りとも、焦りともとれる、言い様のない不安だ。


「……」


 原因は明らか。明王が口にした、『王』という単語。その言葉を聞いた瞬間、ノエルの態度が急変した。


 思えば、ノエルは明王に対して終始気を張っていた。あれは奴の戦闘力に対してではなく、何か言われたくない事があったからなのかもしれない。


 ノエルの小さな手に、ほんの少しだけ力が入る。


 東条は一つため息を吐き、口を開いた。


「……なあノエルよー」


「……んー」


「お前はバカなのか?」


「……ん?」


 ノエルの顔が上がったのを感じる。


「お前、まだ俺に何か隠してんだろ?」


「――っ」


 隠しようのない悲壮感に、東条は再びため息を吐く。……それがバカだと言っているんだ。


「……ごめん」


 俯こうとするノエルを、東条は背負い直し無理やり顔を上げさせる。


「あのな、そんな事とっくに気付いてるぞ?」


「え、」


「どんだけ一緒にいると思ってんだ」


 東条は呆れたと言わんばかりに首を振る。


「……いつから」


「冒険を始めた時から。厳密には、あの夜テントで話し合った時から、かな」


「……そんな前から」


 ノエルは思い返す。デパートの屋上で、自分の事、過去の事、未来の事を楽しく語った、あの夜を。


「気付いてないだろうけど、お前俺に嘘つく時、少し間があるんだよ」


「え、」


「最近は慣れてきたのか、ポーカーフェイスに拍車がかかってるけどよ、あんときゃ酷かったぜ?俺が質問したら、少し考えてから、思いついた!みたいな顔して話すんだもん。バカでも気付くわそんなもん」


「……」


 まさか自分にそんな弱点があったとは……。ノエルは反省する。


 きっとその所為で、マサには少なからず疑念を抱かせた。それだけは、避けたかったのに。


 彼女は後悔し、迷った。打ち明けるべきなのか、誤魔化すべきなのか。


 恐る恐る、彼を見たノエルの目に映ったのは、


 ……笑顔だった。


「俺は嬉しいんだぜ。その間は、俺の事を大切に思ってくれている証拠だろ?俺もそうさ。お前が大切だ。

 だからそんな事、っどうでも良いんだよ!」


 東条は空に向かって思いっきりジャンプする。突風がノエルの髪を激しく煽った。


「秘密が誠意になるのは、そこに関係が築けていない時だけだ!俺達はその程度の仲だったのか⁉︎なあ相棒!」


「――っ、違うっ」


「そうだろう⁉︎ならそんなくだらねぇ事で悩むな!何度でも言ってやる、俺にとっちゃ、どうでもいいんだよ‼︎」


「――っ」


 東条は鉄塔の天辺にしがみ付き、ノエルを前に抱く。


「ハハっ、なんて顔してやがる」


 夕陽に照らされるノエルの口元は、今にも泣き出してしまいそうな程にウニョウニョしていた。

 ここまで来ても目だけは眠そうなままなのだから、こいつの表情筋は鼻から上が死んでいるに違いない。


「……いつかよ、ポロッと言えちまうくらいになる時が、きっと来るさ。そん時の笑い話にとっとけや。


 ……それかもし、どうしても言わなきゃいけない時が来たら、そん時は迷わず俺に言え」


 東条は漆黒を解き、満面の笑みを浮かべた。



「そんな事か、って笑い飛ばしてやるからよ」



「(ウニョウニョッ)」


 東条はノエルの頭をクシャ、と撫で、小さな足を肩に担いだ。


「おうおう!こんな事話すより、晩飯について話した方がよっぽど生産性があるぜ!おいノエル!今日の飯は何だ⁉︎」


「っ、――ラーメンッ‼︎」


「決まりだぁあ‼︎」


 二人の楽しそうな雄叫びは、立ち昇る水煙と共にオレンジ色の空へと吸い込まれていった。


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