16話〜side〜深夜のラーメンは罪


 


 ――草津滞在最終日の深夜。


「……ん〜」


 目が覚めてしまったノエルは布団を剥がし、ゴソゴソとリュックを漁る。


「……食料ない」


 自分とした事が、補充するのを忘れてしまっていた。


 隣のマサを起こそうとするが、そういえば今日は大人の飲み会とやらに行っているのだった。自分を置いて美味しいものを食べに行くとは、何とも度し難い。


「……む〜」


 立ち上がったノエルは眠い目を擦り、羽織りを雑に着る。スマホを持って、浴衣のまま窓から飛び降りた。


 着地後地面を操作し、自作セルカ棒とちびゴーレムを生み出す。彼女は棒にスマホをセットし、ちびゴーレムに持たせた。


「やほー」


 突如始まった、深夜のライブ配信。

 ノエルがぶらぶらと町に向かう間にも、嗅ぎ付けた視聴者が加速度的に集まってくる。


『やほー』  『やほー』  『とりあえず投げ銭』  『久しぶり!』  『特区での戦争以来?』  『ノエルちゃんが無事で良かった!』  『どうしたんこんな深夜に』  『良い子は寝る時間だぞ』  『ノエルちゃんの浴衣姿!』  『ブヒブヒ』  『逮捕してもろて』――


「マサがノエル置いて飲み会行った」


『はいアウト』  『よし殺そう』『おけ、武器は何が必要だ?』  『取り敢えずミサイルは必要だろ』  『あれに物理攻撃効くのか?』  『黒板引っ掻く音録音してアラームに設定』  『それで行こう』――


「だからノエルは深夜にラーメンを食べに行く」


『⁉︎』  『バカな⁉︎』  『なんて悪い子なんだ⁉︎』  『深夜にラーメンだと、正気か⁉︎』  『一番美味いやつじゃないか‼︎』  『これで食べて』  『はいラーメン代』  『ラーメン代』  『ラーメン代』  『ノエルちゃん試験どうだった?』――


「じゃん」


 ノエルはバッジと、組合員証明カードを見せる。


『カッケェ!』  『流石ノエル!』  『さすのえ!』  『さすのえ!』  『難しかった?』  『どんな事やったの?』――


「書いたり、潰したり、殺したり、簡単だった」


『……ん?』  『?』  『不穏』  『裏世界の試験?』  『お、俺はノエルが罪を犯しても推し続けるぞ』  『お、俺だって』  『一緒に罪を背負うんだ!』――


 そんなこんなで町に着いたノエル。彼女は小さな明かりを灯す、昔ながらのラーメン屋台の暖簾を捲る。


『結局こういう店が一番うまい』  『都会にはもう無くなっちまったよな』  『古き良き文化』ーー


「へいらっしゃい!……ん?嬢ちゃん一人かい?」


「ん。ラーメン一つ」


「あいよ!」


『彼女にラーメン作れるなんて、羨ましいっ』  『誇れよオヤジ!』――


 ノエルが席に座って待っていると、そこでふ、と隣の客と目が合った。


「ん?あんた、ノエルさんか?」「ズルルル、マジはお」


『あ?誰だ?』  『ちゃんと事務所通せよオラ』  『金払うからそこの席譲れやオラ』  『いいや俺が払う』  『俺が払う』  『俺が』――


 そこに居たのは、スーツ姿のおっさん二人。ラーメンを啜る斎藤と土方であった。


「誰?」


 しかしそこはノエル。普通に忘れている。


「酷いな。さっき会ったろ?」


「ほら、寝てたじゃないですか」


「あぁ……確かに。俺は斎藤、こいつは土方。一般枠唯一の合格者だよ?結構インパクトあると思うんだけどな」


 全く動じないノエルに、頭を掻く斎藤。


 しかし反対に、コメント欄は大いに荒れていた。


『は⁉︎一般枠で受かった二人⁉︎』  『てか受かったの二人だけなの⁉︎』  『マジでヤバい人達じゃん‼︎』  『これ公式からも出てない情報だろ。大丈夫なの?』  『まあ不可抗力だろ』  『すっげ』  『俺らの希望じゃん』  『俺この二人推すわ』  『サラリーマンぽくて共感できる』  『くたびれてる感じもいい』  『斎藤さん子供に優しそう』  『土方さん無愛想だけど仕事出来そう』  『どんな魔法使うんだろう』――


「どんな魔法使うの?」


「ズルルルル」「俺達には属性魔法の適正ないし、まだ強化も碌に使えないですよ」


「へー」


『よくそれで通ったな』  『一般枠はそういう人達しか受けないだろ』  『試験内容も違うだろうし』――


「こいつに多少心得があってね。試しに受けてみたら通っちまったのよ」「ズルルルル」


 二人の腰には現代風の刀が差してある。組合員には得意な武器の携帯が許されている。即ち腰にあるそれが、彼等の戦闘方法というわけだ。


『銃刀法違反だ!』  『捕まえろ!』  『お巡りさんここです!』――


「何それカッコいい」


『何それカッコいい!』  『何それカッコいい!』  『何それカッコいい!』――


「対モンスター刀剣のプロトタイプなんだと」


「俺達武器持ってないから、自分好みの刀が出来るまでは、これ使ってくれって渡されたんですよ」


「ノエルも欲しい」


 先に食べ終えた二人が、スープを飲み干し笑う。


「ハハハっ。あんた程の人なら、言ったら幾らでもくれるだろうよ」


「でも銃は無理らしいんで」


 自身の身体の延長線上外にあり、且つ音速を超える弾丸に魔力を乗せる事は、事実上不可能。

 一度紅が弾丸を雷で操ってみせた事があったが、あれは単純に磁場で軌道を変えただけであり、弾丸自体に魔力は乗っていなかった。故にゴリラに耐えられたのだ。


 ノエルもその程度は知っている。というか、日本の魔力技術の頂点にいるのが彼女なのだ。国が知っていて彼女が知らない事はない。


「ん。良い事知った」


「あいよ!ラーメン一丁‼︎」


 そこでタイミングよくラーメンが出来上がる。置かれた器から漂う、暴力的なまでの豚骨の香りが、ノエルの意識を完全に引き寄せた。


『ヤベェ、飯テロだ』  『夜中に豚骨⁉︎』  『こいつ、女子力を捨ててやがる!』  『俺ちょっと屋台探してくる』  『俺も深夜営業の店探そ』  『取っておいたカップ麺食べよ』――


 一心不乱に麺を啜るノエルを、二人は微笑ましい物を見る目で見つめる。


「親父、ご馳走さん。これその子の分な。釣りでなんか作ってやってくれ」


 ノエルが麺を咥えたまま、財布を仕舞う二人を見つめる。


「ゔぃーの?」


「金には困ってないだろうけど、ここはおっさんに奢らせてくれや。んじゃ、機会がありゃまた何処かで会おうな」


「では。そん時は奢ってくださいね、先輩」


「……んぐっ。あんがとー」


 去り際、背中越しに手を振る二人。


『カッコええ……』  『出来る大人の背中だ』  『初めて男に惚れた』――


 ネット民が彼等に惚れる中、「今度ノエルもあれやろ」、と彼女は心に決めるのだった。

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