15話

 

 ――試験終了の合図が鳴り、クタクタになった受験者達がグラウンドから出て行く。


「えー、最終試験、お疲れ様でした。適性検査は以上になりますので、シャワーの後、各自朝乗ってきたバスで待機して下さい。

 怪我人は此方へ。

 結果は一週間後、専用のホームページで発表します。

 それでは、本日はお疲れ様でした」


 自信ありげに帰って行く者もいれば、俯き足取りの重い者もいる。


 それも仕方のない事。

 彼等の殆どが、勤め先を無くした社会人や、通学先を無くした大学生、住所、通帳、カード、家族すら失った人も多い。

 多少の援助は受けれても、その日暮らしにも困る現状、この試験を逃したら希望がなくなる。


 二日目から来る一般受験者とは、そも危機感が違うのだ。


「……」「……」


 そしてそんな中を歩く、二人の男。


 片方はボロボロでずぶ濡れのウェアを着て、もう片方は血の雨でも浴びたのかという程に赤く汚れている。


 そのオーラ、二人の進む先に道が出来るのも頷けるというもの。


「え、マサ様、どうしたんですか⁉︎」


「ギャハハっ、朧よぉ!何だよその姿」


 二人の姿を見た氷室は驚き、毒島が指を指して笑う。


 上機嫌な東条は漆黒にニコちゃんマークを浮かべ、二人に手を振った。


「お疲れ様です氷室さん。いやー、楽しかったですね。ゲフっ」


「え?まぁ、はい。適度な難易度でしたけど。このお腹、大丈夫ですか?」


「バゲフゥッ」


「ええ⁉︎」


 腹を撫でた途端ニコちゃんが吐血し、氷室は涙目になる。


 その隣では毒島が朧の背中をバシバシ叩き、笑いを堪える。


「おらシャワー行くぞシャワー。臭えったらありゃしねぇぜ」


「黙れ。お前の方が臭い」


「ああ⁉︎」


 ギャーギャーギャーギャー、バゲフバゲフ、落ちた時の事など微塵も考えていない彼等を、受験者達は羨ましそうに見るのであった。




 ――一週間後――


 旅館にて朝風呂から上がった東条は、タオルを首にかけパソコンを起動する。


 勿論開くのは組合のホームページ。

 そう、今日こそが待ちに待った、合格発表日なのである。


「……へぇ。三万人受けて、合格者は二百ちょっとか。倍率ヤベェな」


 彼は関東支部をクリックし、受験番号を入れる。


 ――そして出てきた、桜のエフェクトと『合格』の文字。


「……ふぅ、」


 彼はソファに背を預け、少なくない喜びを噛み締めた。


 正直落ちるなどとは微塵も思っていなかったが、やはり何だかんだ受かると嬉しいものである。


 彼が携帯を弄っていると、丁度起きたノエルが、眠気眼を擦りながら寝室から出てくる。


「んぁー……おは」


「おはようさん。結果出てるぞ」


「んー。……風呂行こ?」


「見ないのか?」


「どうせ受かってる。風呂行こ?」


「今入ったばか「風呂行こ?」……」


「風呂行「はいはい」


 溜息を吐き立ち上がった東条は、ソファにぶっ倒れるノエルを傍に担ぎ、二度目の朝風呂を浴びに行くのだった。




 ――そして数日後、合格者のみが、再び各支部に集められた。


 東条達も正装し、関東支部の一室へと案内されていた。

 道中、加藤が嬉しそうに頬を緩める。


「しかし良かったですね〜。誰も欠けなくて」


「本当っすねー」


「……おい猫、何で俺を見た?」


 彼の言う様に、特区出身者は全員が試験をパスしていた。

 まぁ、日本で一番過酷な環境で過ごしていたのだ。当然と言えば当然なのかもしれない。


「それでは此方の部屋で、お待ちください」


 大きな会議室の様な場所に通され、各々の席に座る。

 既に中には数人おり、此方の様子を伺っていた。


 東条とノエルも席に着き、グデー、と周りを見渡す。


「関東の合格者、五十人だってよ。バカ少なくね?」


「雑魚をいきなり沢山取っても、管理に困るだけ」


「言い方よ」


「それよりも訓練生として調教した方が、金も取れるし調教出来るし好都合」


「言い方よ」


 この子はもう少しオブラートを学んだ方がいい。


 それから、ぞろぞろとやって来た藜組や、合格者達とたわいのない会話をしていると、全員揃うと同時に扉が開き、隊員達と共に岩国が入室して来た。

 そこには亜門や美見といった顔見知りもいる。


 岩国が壇上に立ち、マイクを持つ。


「諸君、まずは適性検査合格、おめでとう。これで晴れて、諸君は組合の一員と相成った。日本復興の最前線に立つ資格を、諸君は今日、獲得する訳だ。

 ……この中の全員、先々月までは普通の生活を送っていた事だろう。その平和が、未曾有の大災害により、一夜で崩壊した。

 あの悪夢の傷は未だ癒えず、元凶たるモンスターが国土を侵している現状。

 なれば今こそ、国民が一丸となる時だ」


 岩国がニっ、と笑う。


「諸君が欲しいのは富か?名声か?結構だ!

 過程などどうでも良い。諸君の欲望の先には、間違いなく平和と国益が待っている。

 目指す場所が同じ限り、我々は君達の味方であり、友であり、家族だ。

 我々は諸君への協力を惜しまない。だから諸君も、我々に力を貸して欲しい。


 これから共に、より良い日本をつくって行こう。私からは以上だ」


 力強い拍手が室内に響く中、東条は感心する。


 正直なところ、自分達一般人の中に、国の為がどうとか言われて響く者は少ないだろう。

 だから彼はわざと俗的な理由を上げ、民衆に理解を示したのだ。


 流石は人の上に立ってきた人。手慣れてる。


 挨拶が終わってからは、美見によって規則や注意事項、罰則などの説明がなされた。


「組合員には、あらゆる場所での魔力行使権限が付与されます。

 しかし街中での不用意な武力行為などに関しては、良くて権限剥奪、悪ければ無期懲役になりますので、充分ご注意ください。


 組合員のみならず、魔法を使える者には特別な法が適用されますので、先程配りました冊子をよく読んでおいてください」


 そして次に、組合内の『等級制度』を説明される。


 その際に、この前東条が聞かされた、地球拡大現象が説明された。当然、誰もが驚きに目を見開く事となった。


「組合内には、それぞれ三等級から一等級、そして特別等級に分類される、『冒険者』と呼ばれる等級制度が存在します。


 後程説明しますが、全国の危険区域には、出現するモンスターに合わせてレベルが定められています。

 等級に応じて、入る事の出来るエリアが異なります」


 そして次に、そのレベルやモンスターについての説明がなされる。


「では此方のスクリーンをご覧ください」


 我らが有栖の作ったモンスター辞典が、ようやくお披露目という訳だ。


 現地映像に攻撃のパターン、特性や習性、予測出来る魔法攻撃に分布範囲、全国から集められたデータによるレベルの見直しetc.。

 その美しさと完璧具合に、東条とノエルは心の中で泣きながらスタンディングオベーションした。



 Lv1……無害。人間に対して敵意がなく、比較的友好。素手で対処可能。


 ・湯煙ラッコ……温水が好きなラッコに似たモンスター。可愛い。


 ・ヌムヌム……ヌムヌム鳴く山椒魚みたいな生き物。ぬるぬるした分泌液を出す。可愛い。


 ・バックリン……掃除機みたいな口を持つ魚型モンスター。美味い。


 ・トレント……そこら中に生えている植物型モンスター。その形は樹木、水草、苔、雑草、多岐にわたる。

 視線がある所では、死んでも動かない。血液を食す習性があり、全国が腐敗臭に満ちていないのは彼等のおかげ。臭いで食料を見つけていると思われる。



 Lv2……人間に対して明確な敵意を持つ。小型銃火器で対処可能。


 ・グレイウルフ……小さな群で行動する狼型のモンスター。素早い。


 ・クァール……黒いヒョウの様なモンスター。しなやか。


 ・グアナ……デカいイグアナの様なモンスター。ほぼ恐竜。


 ・ゴブリン……ゴブリン。キモい。


 ・コボルト……二足歩行の飢えた犬。顔が怖い。


 ・ヒュッケバイン(子)……中型の烏の様なモンスター。黒い。


 ・グランピード……デカいムカデ。ガチキモい。


 ・ムグラ……デカいカナブン。デパートの屋上によく降って来た。


 ・カーニバル……凶暴化したトレントの総称。食虫植物の様相をしている事が多い。自発的に狩りを行う。


 ・ユパ……大群で移動する四枚羽の鳥型モンスター。一匹一匹は小さいが、その量と縄張り意識の高さから、航空機の天敵となっている。

 自身の領空を侵した生物を、捨て身の体当たりで穴だらけにする。迷惑。


 ・テナガエビザリガニ……東条とノエルによって惨殺された悲しき生物。美味い。


 ・猩猩しょうじょう……猿型のモンスター。特区では絶大な力を持つ王の元、大繁殖した。残忍。



 Lv3……魔力を纏い、小型銃火器での対処が困難となる。


 ・ダイアウルフ……グレイウルフの親玉。嘗て東条と死闘を繰り広げた。カッコいい。


 ・オルトロス……二頭を持つ犬型モンスター。二つの頭は仲が悪い。


 ・オーク……オーク。くっころはしない。男は食う。女も食う。


 ・ホブゴブリン……成人男性程の大きさのゴブリン。キモい。



 Lv4……小型銃火器での対処が不可能となる。大型兵器で対処可能。


 ・ハイオーク……強いオーク。強くなってもくっころはしない。


 ・ホブゴブリン強化種……知能が高く、上手く魔法を扱えるようになったゴブリン。キモい。


 ・ヒュッケバイン(母)……デカい烏の様なモンスター。タフ。


 ・コカトリス……毒蛇の尾を持ったデカい鶏。美味い。


 ・狒々ひひ……ゴリラ型のモンスター。知能も高く、強靭な肉体を持つ。残忍。


 ・ワーウルフ……コボルトの長。汚く禿げた体毛。細い体躯。ギョロついた目。怖い。



 Lv5……市区町村壊滅級。大型兵器での対処が不可能となる。二級調査員以上で対処可能。


 ・ミノタウロス……ミノタウロス。牛。強い。


 ・ミノライノス……頭をサイに変えたミノタウロス。外皮が硬い。強い。


 ・ランナー……めっちゃ走る水色のバカデカいワニ。朧によって美味しく調理された。



 Lv6……都市壊滅級。一級調査員以上で対処可能。


 ・ミノポポタマス……頭をカバに変えたミノタウロス。速い。硬い。強い。


 ・キュクロプス……一つ目の巨人。デカい。ヤバい。強い。


 ・ゴブリンキング……東条が最も嫌うモンスター。残忍。強い。


 ・狒々将軍……本来の猿型モンスターの長。身体スペックは、完全なる人間の上位互換。その残忍性は、全て探究心に根差すもの。



 Lv7……国家壊滅級。『冒険者』のみ対処可能。


 ・狒々王……個体名:逢魔。

 狒々将軍の突然変異種。世界が変わった日から、裏で暗躍し続けていた怪物。この一匹によって、軍が壊滅させられた。最後はブラックホールのエネルギー爆発に巻き込まれ、消し飛んだ。



 番外等級……対処不可能。


 ・ベヒモス……超自然的モンスター。人類に敵意が向かない事を祈るのみ。



 ――「三級調査員は、全国のLv3危険区域に該当する地域までなら、制限なく入る事が出来ます。


 三級上位者がLv4危険区域に。


 二級から、各地方に一箇所ずつ存在する、Lv5危険区域に入る事が出来るようになります。


 そして東京、沖縄、北海道にある、Lv6危険区域、通称特区は、一級以下の出入りを禁止します。


 最上位等級である『冒険者』には、北海道、沖縄を初め、危険度予測不可能な場所への調査を依頼する事がありますので、ご協力お願いします」


 説明を終えた美見が、それでは、と岩国を見る。


「ああ。ではこれから、諸君に組合員の証であるバッジとカードを渡す。呼ばれた者から前に来てくれ」


 岩国の手に光る、真っ赤な日の出を、金の森で縁取った小さなバッジ。太陽の中心に書かれた数字が、その者の等級を表している。


 ――続々と名前が呼ばれた後、


「斎藤 一、土方 仁ひじかた じん、前へ」


 三級最後の二人が立ち上がる。

 二人共、元はサラリーマンだろうか。スーツ姿がよく似合うが、どこか社会の荒波に揉まれ培われた、くたびれた疲労感が感じられる。


 見た感じ、斎藤は無精髭を生やした、気のいいおっちゃん。土方はオールバックの、気のいいおっちゃん。といった感じだ。


「一般枠から通過したのは、君達二人だけだ。おめでとう」


 岩国の言葉に、斎藤が頭を掻く。


「いやー、まさか通るとは思わなかったもんで、ビックリしましたよ」


「日頃の運動はやっぱ大事ですね」


 岩国が笑う。


「俺にとっちゃ、君等はまだまだ若い。羨ましいよ」


 二人は岩国に背中を叩かれ、席に戻る。


 一般枠からの合格者に、周りの皆も驚き感心していた。


 東条とて同じ気持ちである。

 二人からは魔力が殆ど感じ取れない。要するに、今までモンスターや魔法に触れる機会が全くなかったのだろう。


 一般試験にはその様な者が多く集まる為、最終試験でモンスターという存在相手に、どの程度立ち回れるかが重要視される。

 意気込んでいたほぼ全ての受験者が、初めて見る化物に、萎縮し動けなくなってしまうのだ。

 この二人はそんな中、国に足り得ると判断された訳だ。


 この前好奇心で千軸を尋問した結果、新しい覚醒者は発見されなかった事が分かった。

 だとすれば単純に、元の身体能力が高いか、何かしらの武芸に秀でているか……恐らく後者だろう。


 そこまで考えた東条は、此方を見る二人の視線に目を逸らすのだった。


「では続いて、二級、はいないんだったな。一級調査員を発表する。加藤 みちる


「はい」


 ――「朧 政宗」


「……」


 ――「紅 焔季」


「……」


 ――「笠羅祇 十蔵じゅうぞう


「おう!」


 ――「以上四名。最後に、特別等級『冒険者』を発表する」


 残るは三人のみ。その場にいる誰もが、彼等の等級を妥当だと判断した。


「藜 梟躔。ノエル。マサ。前へ」


 悠々と歩く三人が、壇上に並ぶ。

 そのプレッシャーに、岩国は少しだけ顔を顰めた。


「これを。最強たる証だ」


 彼等は岩国からバッジを渡される。しかしその色は普通とは違い、森が黒、太陽が黄金で彩られていた。何とも威圧的で、美しいコントラスト。


 岩国は目の前の怪物達に、懇願する様に、静かに言い放つ。


「……君達三人の力は、あまりにも強大だ。使い方を間違えれば、モンスター以上の災厄となる。常々、その事を忘れないでくれ」


「勿論ですよ〜」


「……ねむ」


「もう終わるから(ボソ)」


「お腹すいた」


「クハハ、忙しい奴だな」


 笑う藜に、帰ろうとするノエル。それを脇に抱える東条。



(…………はぁ……胃が痛い)


 岩国は良い天気の外を眺め、日本の未来を憂うのだった。

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