13話

 


 ――食堂にて昼食を食べながら、東条は不安がる朧を笑っていた。


「……落ちたかもしんねぇ」


「アハハっ、お前本当に輪廻しか使わなかったんだ」


 朧は今になって、強情な自分を殴りたくなってきていた。試験官の、あの何とも言えない表情が脳裏から離れない。


「特区出身者は皆期待されてる。朧は失望された。わらわら」


「……次で取り返さねぇと」


「次なんだっけ」


「運動能力試験でしょ。どんな事やるのかは知らないですけど」


「百m走とかすんのかね。さっさと終わらせて温泉入りたいわ」



 ――そんなこんなで集められた受験者達は、現在目の前に広がる景色に放心していた。


 第二グラウンド。通称、人工緑化地帯。全体敷地面積1/3の広さを誇るこの場所は、危険区域内での任務演習に特化したグラウンドである。


 入口に立たされた彼等は、巨大なモニター越しに試験説明を受ける。


『これから皆様には、二人一組で此方の演習場に入り、自由に探索していただきます。演習場内には様々な素材が隠されています。発見した物をここ、入口の受付までお持ち下さい。受付には何度戻ってきても構いません。

 ルールは一つ。受験者同士で争わない事。他の受験者が獲得した物を奪った場合、即失格となりますのでご注意ください。

 それでは受験番号を呼びますので、呼ばれた者から受付に行き、端末とリュック、武器を受け取って下さい。一番、五十四番。二番、三十八番。――』


 周りの者が段々と少なくなっていく中、東条とノエルも自分の番号が呼ばれるのを待つ。


 いきなり知らない人間と組まされた挙句、協力して宝探しをしろ。とは、コミュ障にはなかなか酷な試験だとは思う。しかしまぁ、強制的にペアを作ってくれるだけ有難いと思うべきか。


 そうして待つ事十数分。


「ん、呼ばれた」


「俺じゃねぇな。ペアは……」


 二人が辺りを見回していると、すぐ近くの巨漢が手を上げた。


「はっはっ、私ですね。お手柔らかにお願いします」


「加藤。ん、ノエルについて来い」


「ふふ。はい、お供します」


「ノエル達なら、こいつ等全員蹂躙出来る」


「……あれ?これ私、失格の危機では?」


 東条は去っていくノエルに、「迷惑かけるなよ〜」と念を押し、再びスクリーンを見る。

 はてさて、自分のペアはどんな奴か。女の子だったら嬉しいな。そんな希望を胸に、呼ばれるのを待つのだった。


 ――「……お前かよ」「……アンタかよ」


 受付の前、合流した相手は自分のよく知る顔だった。無念。女の子の夢は叶わなんだ。


 東条を見た朧も溜息を吐き、リュックを背負い端末を受け取る。


「何だよ天下のカオナシさんだぞ!お前はもっと喜べよ!」


「ああ、どうせなら扱い易い格下が良かったので」


「お前そういうとこあるよな!だから友達出来ねぇんだよ」


「その言葉そのままお返しします」


 二人は次いで、支給される武器を眺める。


「どれにするよ?」


「俺はマチェットと、ナイフで」


「んじゃ俺は、……お、」


 東条は端の方に置かれた武器を手に取り、その懐かしさに頬を緩める。


「……市販の包丁に、フライパン?そんな物まであるのか。……まさかそれにする気じゃないですよね?」


 数ある武器が用意されている中、まさかそんな物を選ぶわけ……。いや、この人なら選びかねない。寧ろ好んで使いそうだ。朧の勘はそう言っていた。


「……はぁ。行きますよ」


「おう!」


 彼は制止の言葉を呑み込み、東条を連れゲートへと向かうのだった。



 ――『それでは、始めっ』


 試験官の号令と同時に、三百余人が一斉に身体強化を施し飛び出した。

 足音がどんどん遠ざかる中、取り残された者が二人。ジョギングで彼等の後を追う、朧と東条である。


「おい、急がないと全部取られちゃうぞ!」


「俺達身体強化使えないんだから、急いでも体力消耗するだけでしょ」


「まだ言ってんの⁉︎」


 東条は強情すぎる彼に驚愕する。まさかここに来て、昨日の適当な縛りが自分の足を引っ張る事になるとは思わなかった。

 に加えて、


「……ん?俺達?」


「当たり前でしょ。俺が『輪廻』以外使うのダメなんだから、アンタも使用禁止ですよ」


「初耳⁉︎」


「いや、それじゃ緩いな。感知と武器の強化以外全部禁止にしましょう」


「お前受かる気ある⁉︎」


 何故か更なる縛りを課せられ、一転大ピンチとなる。


 悲しみの顔文字を浮かべ項垂れる東条の横で、朧が「ありますよ」と端末を弄る。


「見て下さい」


「ん?ああ、隠してある素材だろ?」


 画面に映るのは、ポイント別に分けられた素材の一覧表。それぞれ黒い角、や綺麗な花、池の水、など、適当な名前と共に画像が載っている。


「このリストの中で、ポイントが高い素材は十個。そしてそれとは別に群を抜いて高いのが、?になっているシークレットです。それで、」


 朧は画面をスライドし、次いで全体マップを映す。


「え、なにそれどうやんの?」


「いいから」


「……(しゅん)」


「この動かない十個の赤い点が、高ポイントの素材だと思います。恐らくというか確実に、皆ここ目掛けて走って行きました」


「分かってなかったの俺だけ?」


「恥を知って下さい。あとその顔ムカつくんでやめて下さい」


 朧は号泣の顔文字に見向きもせず、岩を飛び越え川に出る。


「これが現地を想定した演習なら、宝探しなんて生優しいものじゃないですよ」


「んまぁ、怪我人は出るだろうな」


 東条も同意し、包丁を見る。その刃は陽光を反射し、鋭く光っていた。

 刃が潰されていないのだ。要するに、この試験では自衛、もしくは殺傷の必要性が出てくるという事。


「多分、指定された素材の殆どが生きたモンスターです」


「高ポイントは、特区の人間相手に出来るくらいの奴だろーしな」


 朧は川沿いを走り、東条もそれに続く。


「場所が分かっている素材は、俺等が到着する頃には、ノエルや藜さん達に狩り尽くされている可能性が高いです」


「意地でも強化使わないつもりなのね」


「なので、俺達はシークレットを狙います」


 二人は横目に見えたゴブリンを無視して、音を立てないように岩の上を跳ねて行く。


「予想はついてんの?」


「マサもついてるでしょ」


 ここが本当に危険区域をリアルに再現しているなら、居て当然の存在。


「……要救助者?」


「恐らく」


 国が救助に入れていない危険区域は、未だ全国に数多く存在する。そんな場所に入る者を育てようというのだ。国が他者の命より、素材に高いポイントをつけられる筈がない。


「でもだとしたら、相当意地悪いよな。ちゃんと人間って書きゃいいのによ」


「俺達の頭の中から、人命救助が抜け落ちてるって事を再確認させたいんでしょ」


 今回受験に来た人間は、これからの自分の利益の為に、権利を勝ち取りに来た者が殆どだ。未だ恐怖に喘ぐ者達を救いたい。なんて仏の心を持って受けに来た奴が、一体何人いるのか?


「……俺はそんな奴の方が、信じれないけどねっ」


 東条は嫌な顔を思い出してしまい、小石を一つ蹴った。


 ――二人は川を左に捉えながら一直線で駆け抜け、遂にその終点まで到達した。目の前に現れたのは大きな湖と滝。現在地は、高ポイントが散在する中央から大きく外れた、右の端辺りである。


 東条は辺りを見回し、頭を掻く。


「道中にもそれらしきもんは無かったし、当てが外れたか?」


「……もし人がいるなら、必ず水源の近くを選ぶ筈」


 彼等は二手に分かれ、湖周辺を散策する。


「……?」


 すると、東条がある違和感に気付いた。彼は滝の前に立ち、その奥を見つめる。


「マサ?どうかし……あぁ、成程」


「やっぱそうだよな」


 微かに感じる、滝の奥にある筈のない空間。二人は横から確認しようとするが、隙間がなく覗く事が出来ない。


 激流の音が耳を打ち、飛沫が頬を叩く。流されて来たトレントが滝壺へ落ち、砕け散った。


「……よし、朧、気をつけろよ」


「そうですね、気をつけて行ってきて下さい」


「……」「……」


 互いの拳が前に出される。


「「最初はグー、ジャンケンポン!」」


 東条はグー。朧はパー。


「では行ってらっしゃい」


「ド畜生がッ――っぅおおおおおっいでデデデで」


 東条は勢いそのままフライパンで頭を守り、水のカーテンに突っ込んだ。押し潰されそうになりながらも、根性で一歩一歩を踏み出し、


「――ッダァクソっ」


 最後は奥へ飛び出し、圧力から解放された。予想通りそこは洞窟。見回せば、うっすらと明かりも灯っている。


 そして明かりに照らされる、『救助対象』と書かれたゼッケンを着た隊服の三人。


「……はぁ、迎えに来ましたよー」


「ありがとうございます。それでは我々を護衛しながら、ゲートへの帰還をお願いします」


「分かりましたよっ、っグヌヌヌヌ」


 東条はフライパンを構え、再び滝へと突っ込んだ。


 ――朧はビチャビチャと出てくる四人を確認する。


「帰りますよ。マサは最後尾を頼みます」


「お前、少しは労えよ!」


 二人は救助者を前後で挟み、早足で元来た道を戻って行く。今連れているのは隊員ではなく、あくまで疲弊した一般人だ。あまりスピードは出せない。というか本気出したら置いて行かれるのは自分達だ。


 ぶらぶらとついて行く東条が、近くの隊員に寄り話しかける。


「あのー、いいすか?」


「はい?」


「特殊部位以外の素材って、どんな用途があるんですかね?」


「そうですね、私もあまり詳しくはありませんが、今のところは研究材料としてその多くが使われていますね。トレントの再生力を、野菜や果物に応用できないか。とか、魚系モンスターの食用化とか」


「成程。商品として世に出るのは、まだ先ですか」


「ん〜、服飾などへの転用も進んでいるみたいですけど、まだ先かと」


「そりゃ売り出しても、一般人にゃ抵抗強いですしね」


「はい。そこはまぁ、研究課に任せますよ。我々の仕事は害悪の排除ですから」


「そっすね。お互い頑張りましょーや」


「はい。その為にも、私を安全に送り届けて下さいね?」


「へいへいっ」


 東条は大きめの石を拾い、此方に気付き声を上げようとしたゴブリンの脳天を狙撃した。



 ――二人が人助けをしていたその頃。


 高ポイントが集まる中心部では、我先にと突撃した自信家達が、予想外のモンスターの強さに苦戦を強いられ逃げ惑っていた。


「――っ、おいっ、聞いてないぞ!」

「コイツ等っ、強くないか⁉︎」

「攻撃合わせろよ!」

「お前が遅いんだろ!」


 それもその筈。中心部に放たれているモンスターは、わざわざ特区から持ち込まれた凶悪な部類である。地方で粋がっていた程度の人間に、対処出来る筈もなし。


 各所に仕掛けられた無数の小型カメラを通して、そんな残念な光景が審査員達の目に入る。

 数百代のパソコンが並ぶモニター室では、一グループに一人の審査員がつく完全態勢で試験が監督されていた。


「二十四番、チェック」「百二十八番、チェック」「五十一番、チェック」――


 見学する彦根達も、概ね予想通りだ、と大画面を眺める。


「モンスターに気を取られすぎですねー」


「魔力を扱える人なら、環境の変化に敏感な筈なんだけどね」


「場所毎に魔素の濃度が違うのは特区くらいだ。感覚で危険度を判断するのに、慣れていないんだろう」


「ですがそのような人を合格させても、無駄に犠牲者を増やすだけです」


 強いモンスターは、より魔素濃度の濃い場所を好む。これは既に世間にも公表されている。これから組合員になろうという者にとっては、言わば常識のような事だ。

 自身の戦力を分析し、狩場を選べない無知無謀の輩など、栄えある第一回試験合格者には相応しくない。


 美見の言葉に、彦根は苦笑する。


「そうだね。かと言って彼等は貴重だ。訓練を積んで貰ってから、次の試験に挑んでもらおう」


「その為の居住区域です」


 試験に合格出来ずとも、有望と判断された場合は、一定の融資を得ながら施設内で訓練する事が出来るのだ。まだ発表はされていないが、試験で選ばれずとも、安くはない金額を払う事で訓練を受ける事も出来る。戦力強化と金策を同時に進める事の出来る、国にとっても志望者にとっても嬉しい制度だ。


 亜門は鋭い目付きで大画面を見ながら、インカムを入れる。


「B5地点、グレイウルフの群れに受験者が囲まれている。様子を見て救出しろ」


『了解』


「C4、コボルトに受験者が虐められている」


『確認済みです。死にはしないかと』


「了解。引き続き監視しろ」


『了解』


 彼はモニターを見ながら、グラウンドに隠れた隊員に指示を出す。試験中のいかなる損害も保証しない旨は、事前に誓約書内で同意させているが、流石に死亡者は出したくない。


 多くの監督者が目を光らせている、その時、室内にアラートが鳴り響いた。


「何だ?」


「A3にてミノタウロスが暴走中です。映像を拡大します」


 そこには大破したガラス製の巨大なケージと、受験者を追い回すミノタウロスが映っていた。亜門は驚く彦根にジト目を送る。


「彦根隊長、耐久力は万全だったのでは?」


「え、何で」


 特別に強い十体は、外で暴れないよう事前に彼の能力で隔離されていた。モンスターによってそのケージが壊されるなど、想定外だ。


「確認したところ、ノエル殿がA4のライノスを仕留めた際、攻撃がそのままA3のケージを破壊したようです」


 監督者の報告に、その場にいた全員が頭を抱える。


「……部下には荷が重いね。僕が行くよ」


 今日は失敗続きだ。と落ち込む彦根を、しかし美見が止める。


「少し待ってください。このまま進めば、あと十数mで彼等とぶつかります」


 彼女が見る映像の中には、今しがた救助を終えた二人組がいた。

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