12話
個室へと案内された東条とノエルは、見知った顔を前に、用意された席に腰掛ける。
「昨日ぶりですね。美見さん」
「はい。午前の検査お疲れ様です。マサさん、ノエルさん」
眼鏡を正す美見が、用紙を捲りながら二人に挨拶する。
「宿泊先はもう決まりましたか?」
「はい、その節はとても感謝しています。ですが今は大切な業務中です。その話はまた後でにしましょう」
「あはい、すんません」
「怒られてやんのー」
「うっせ」
仕事モードの彼女に微笑まれ、東条は頭を下げる。オンオフのしっかりした女性、実にカッコいい。ちょっと怖いが。
「今からするのは、cellの把握検査です。お二人と我々の関係は少々特殊な為、今回は私が検査担当を務める事となりました。よろしくお願いします」
「お願いします」
「ます」
美見が改めて姿勢を正す。
「本来であれば、この検査では、十数名の隊員に見守られながら、保有するcellの正体を明確にする過程があります。
ですがお二人は、秘密を明かしたくないとの事ですので、その過程は省かせて頂きます。
我々は、貴方がたお二人の、国家に対する多大なる貢献を認めております。
その感謝と、お二人に対する信頼。貴方がたの秘密は、国家に害を与えるものではない。そう信頼したからこその、特例だとご理解頂きたい。
今後の行動次第では、更に自由に動ける権利を与える事も視野に入れています」
国としての意見を述べる美見に、少し引っ掛かりながらも、言葉を呑み込み東条は頷く。
しかし隣の彼女は、どうやら我慢出来なかったらしい。
椅子をギィギィ鳴らしながら、ノエルは目を細める。
「信頼……はっ。ノエルは今、日本という国に属している。だから日本のルールに従っている。それがノエルの、冒険の楽しみ方」
「はい。郷に入れば郷に従え、という言葉もありますしね」
「そう。だから勘違いするな。ノエル達は国のご機嫌取りをする為に、冒険をしている訳じゃない。監視して、操っている気になるな」
「勿論。我々も、お二人とは良き協力者でありたいと思っています。現状を見ても、決して上から物を言える立場ではありません」
「それでいい。ノエル達は国を利用する。国もノエル達を利用する。それが最も利益的で、生産的」
「そうですね。ですが本来は、この関係自体が間違っている事もお忘れなく。
個人とは社会の一部であり、国はその社会を動かす仕組みです。社会をより良くする為には、国が個人と同じ立場にいてはいけないのですよ。
今は我々の力不足で、仕組みに綻びが生じている状態です。故にその綻びを正すよう動く事が、国の責務だと認識しています」
「お前達がどう動こうと、そんなのどうでもいい。ただ、その仕組みに、ノエル達を縛り付けるな。
ノエル達は、縛られるのが一番嫌い」
「……」
緊張を孕んだ静寂が室内を満たす中、東条は溜息を吐く。
「……ノエル、言い過ぎだぞ。美見さんが可哀想だ」
「ん。美見、ごめん」
「え?あ、いえ」
そう言ってノエルは、受験者を監視してくれ、と渡されていた無線を机に放り投げ、美見の着けている無線を睨みつける。
「ノエルはお前達に向けて言っている。お前達がノエルとマサを警戒するのは当然。警戒があるから、ノエルもお前達を最低限信用出来る」
でも、とノエルは続ける。彼女から魔力が溢れ出し、純白の髪がゆらゆらと揺れる。
「……あまり、舐めるな」
「っ……」
美見は机の下でズボンを握りしめ、彼女の気迫に息を呑んだ。これが、見た目小学校低学年の出せるオーラなのか?
席を立つノエルに続き、東条も苦笑しながら立ち上がる。
「すみませんね。盗聴器には元々気付いていたんです。別に気にしてませんでしたけど、さっきの、俺達が既に国の思い通りに動いている、みたいな発言、あれはちょっといただけないです。
それに、俺もこういうやり方は嫌いですね。俺達の会話から何か得られると思ったんでしょうけど、そんなベラベラ個人情報話さないですよ」
東条も無線を外し、机に置く。
「それと、俺達は美見さんが好きです。あんま酷な仕事与えてあげないで下さい。……ま、だから美見さんなんでしょうけど」
「美見、ノエルは怒ってない。大丈夫だよ」
去り際に手を振るノエルに、美見は驚き笑ってしまう。……少し嬉しそうに。
「ふふっ、分かってる。有難う、ノエルさん」
「んじゃ、温泉楽しんできて下さいね」
「ええ、感謝しますマサさん。引き続き、試験頑張って下さいね」
「へーい」
東条とノエルは扉を閉め、昼食を摂りに食堂へと向かう。
「マサ、覆って」
「へい」
歩く二人を漆黒が包む。
「美見は覚醒者。今日で確信した」
「ああ。今まで何度も視線を感じてたけど、俺の事好きなわけじゃなかったのな」
「恐らく何かを『見る』能力」
「つっこんでよ」
「危ない。ノエルの正体がバレる可能性がある」
「じゃあ関わるのやめるか?」
「……んーん。ノエルは今、友達の定義をわかり始めてる。馬場が目の前で死んだ時、胸がキュってなったし、胡桃のお葬式の時は、悲しかった。美見も、多分そういう存在」
「もしバレたらどうする?」
「その時は、容赦しない。美見のcellは発動が分かり易い。ノエルのガードを突破された瞬間、殺す。……でも、それまでは友達。仲良くしたい」
東条は頭の後ろで指を組み、天井を仰ぐ。
「……そんな簡単に、割り切れるもんかね」
多分、この少女には出来てしまうのだろう。
果たして自分には出来るのだろうか?欲望の為に、大切な存在を捨てる事が。
彼は少し考え、面倒になってやめた。
閉まる扉を見送り、美見は一息つく。疲れたように天井を仰ぎ、目を瞑った。
その時、無線から連絡が入る。
『すまないね。まさかバレていたとは、僕の失態だ』
「いえ、彼等を甘く見た我々の責任です。彦根さんはよくやっていると思いますよ」
『……少し怒っているかい?』
「いえ」
『何か見えたか?』
「……岩国大臣、あの状況で私が能力を使えるとでも?」
『いや、……すまん』
『少し感情を揺さぶれば、隙が出来ると思ったけど、そんな事なかったね』
美見は眼鏡を正し、資料の整理を始める。
「……私は国の為なら、彼等に黙って内情を探る事くらいします。ですがやはり、信用を削るやり方は、早計かと」
『そうだね。まさか君があそこまで好かれているとは、予想外だったよ』
美見の口元が少しだけ緩む。
『ただ、調べた結果、やはりノエル君の個人情報は、出生からその他に至るまで、全てが不明だった。二人とも絶対に血をとらせてくれないし。マサ君は顔を隠している以上、日本国民だとは思うのだけど』
「来国記録は?」
『なしだよ。あの容貌、海外の血が入っている筈だから、特定は簡単な筈なのに。……僕みたいな線もあるけど、一番厄介なのは、他国からのスパイという線だね。
Cellの力なら何でもありだ。知らぬ間に入られて力を持たれたら、僕達にはどうする事も出来なくなる。ルートが出来てたりなんかしたら、目も当てられない』
「しかし、今は彼等の力に頼らざるを得ません」
『うん、分かってるよ。それに僕も、彼等が悪い人間だとは思わない。ただ、自国の情報を全て打ち明けるのは危険かもしれない』
「……」
『ま、全部推測に過ぎないから、あんまり考えすぎるのも良くないけどね。
今はそれよりも、同盟国との連絡手段確立が最優先だ』
「そうですね」
『うん。そういう事で、お疲れ様。次は体力試験だから、皆で一緒に観戦しようよ。
楓君と総隊長も、他のcell覚醒者の検査終わったみたいだし。そうだ聞いてよ!朧君とか凄い面白い能力なんだよ』
「……これは検査であり、娯楽ではありませんよ?」
『じゃあ観戦しない?』
「……今行きます」
美見は資料を片手に、司令部へと向かうのだった。
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