11話

 

「ピチピチ」


「物隠せないようにってのもあんじゃね?俺は好きだけど」


 配られたスポーツウェアに着替えた二人は、皆と共に次の試験会場へと向かう。


 その際、東条は隣を歩く巨漢に目を向ける。


「……加藤さん、またデカくなりました?」


 盛り上がる筋肉は、今にもウェアをはち切って飛び出して来そうな程である。


「はっはっ、トレーニングは続けていますからね。今度オススメのジム紹介しましょうか?」


「い、いや、俺日本回るんで、通えないですよ」


「ならオールタイムフィットネスなんてどうですか?二十四時間開いてますし、入会すれば全国の店舗を利用出来ますよ?」


(……この人はどこへ向かっているんだ?)


 総合体育館に着くと、既に先着した者達が検査を受けている。

 その中に一際目立つ強面の集団を見つけ、東条は呆れた。


「ようマサ!ノエルも、元気か?」


 手を振り近付いてくる藜に、紅と笠羅祇もいる。全員で受けに来たのだろう。


「この前会ったばかりだろ。……てか、」


 一斉に此方を向き、腰を曲げる組員達。ほら見ろ、周りの人達がビビってしまっている。


「周りの迷惑も考えろって」


「酷い言い草だなおい。俺等も来たくて来たわけじゃないんだぜ?」


「ノエル嬢、大福いるか?」


「久しぶり、紅」


「ああ。壮健そうで何よりだよ」


「ノエル嬢?大福は?」


 周りの注目を集めながら、藜は東条の肩に腕を回す。


「確かマサは沖縄だったよな。俺には北海道が当てられたよ。面倒臭い」


「マジで?すぐ出んの?」


「なわけ。俺は事業の方が大事だからよ。北海道に手ぇつけんのは一年後とかじゃねぇかな」


「まぁそんなもんだよな。事業って?今度は何始めんの?」


「ああ言ってなかったか。対モンスターの武器防具開発を、国と共同でやってんだよ。あとは派遣とか。この施設も、俺の組から派遣した作業員が手伝ったんだぜ?」


 東条は素直に驚く。いつの間にそんな事を、出来る経営者はやはり違う。


「武器防具って、国もよく受け入れたな」


「俺工場沢山持ってるし、どうせ隠れて作りそうだから、それなら一緒に作っちゃおって事なんじゃね?」


「ああ成程、監視目的ね」


「そ。信じられてないのよ俺達」


 笑う藜だが、そりゃそうだ、と東条は思う。

 とんでもない力を持ったヤクザなんて、何をしでかすか分からない。こればかりは国に同情してしまう。


「てな訳で、マサも作りたい武器あったら言ってくれ。安くしとくぜ?」


「はいはい。また後でな」


 部下を引き連れ去って行く彼等に一息つき、二人はようやく検査へと挑むのだった。



 ――聴診器の様な物当てられ、顕微鏡の様な物で肌を見られる。


「これは何を?」


「純粋な身体強度を調べています。魔力量や細胞の構成から、強化を纏っていない状態での、素の耐久力が計算出来ますので」


「ほぉ〜」


 そして最後に、いつか彦根に見せてもらった測定装置を向けられ、機械音を聞く。


「……はい。終わりました。次は実技ですので、第一グラウンドまでお願いします」


「実技?」


「はい。属性ごとに分かれていただき、身体強化のレベルや、魔法操作の技術、速度、範囲の項目を見させていただきます」


「成程。威力は見ないんですか?」


「魔力量の測定結果を見れば、把握出来ますので。危険もありますし」


「はー、そこまで詳細に見れるようになったんですね」


「はい。先の作戦で、多くの情報を入手出来ましたので。マサさんのおかげでもありますよ。貴方は研究所内でも有名人ですから」


「いやはや、有難うございます。では、」


「はい。試験頑張ってください」


 仕切りのカーテンを捲り、外に出る。スタスタ走ってくるノエルを連れ、二人でグラウンドへと向かった。



 到着した第一グラウンドは、一面土で覆われた平な場所であった。ただバカみたいに広いが。


 デカデカと掲げられた看板に、各属性の名前が書いてある。そこに行けと言うことか。


「んじゃ、後でな」


「ん。目に物見せてくる」


「やめなさい」


 東条はノエルと分かれ、『無』と書かれた看板へと歩いて行く。この列が一番長いのを見るに、やはり属性持ちは貴重なのが分かる。


「……ん?え、え⁉︎カオナシ⁉︎」「嘘だろ、本物?」「やだ、私ファンなんだけどっ」


「あのっ、サインもらっていいですか!」


「ハハ、ええよ」


「有難うございます!」


 前と後ろの受験者に気付かれてからは、騒ぎが広がるのに大した時間は掛からなかった。


 自分でこれなのだ。チラリとノエルの方を見てみる。


 ――「ふひ、ふひ、あのノエル様、サインを、ふひ」


「跪け」


「ははぁっ」


「彼女に謁見したい者は列になれ!」「割り込みは禁止だ!」



 ……うん、楽しそうで何よりだ。


「カオナシさんも属性無かったんですねっ」


「ん?そうね」


「俺属性なくて落ち込んでたけど、あんたと同じなら悪くないな!」


「そりゃ良かったぜ」


「俺もサインいいっすか⁉︎」


 ガヤガヤ騒いでいると、すぐに自分の番が来た。周囲には沢山のギャラリー。この中でやるのは少々緊張するのだが。


「では、始めますね?」


「はいどうぞ」


 苦笑する試験官三人に従い、定位置につく。

 目の前にはサンドバッグや木刀、ぶっとい鉄柱など、物々しいアイテムの数々が並んでいる。


「ではまず、身体強化をお願いします」


「はい」


 彼の強化を見た瞬間、試験官が小さく感嘆する。その静かさに、その練度に。


「……凄い、綺麗ですね」


「有難うございます」


 東条は思う。試験官は皆AMSCUの隊服を着ている。彼等にはしっかりと魔力の流れが見えているのだろう。成程適任だ。


「では次に、私が指定する箇所を、素早く強化で守って下さい」


「はい」


「いきます。頭、……膝、……首、……背中……目、手首、心臓、鳩尾、肘股間耳腿足首臍。ふぅ、はい、充分です」


「何か最後早くなかったですか?」


「その人に合わせて変えていますので。ですがはい、私の呂律の負けです」


 互いに笑い合う。


「では次に、此方の木刀を持って下さい」


「はい」


「まず、その木刀に魔力を流して下さい。……はい。ではそれで、私が強化をした箇所以外の箇所を叩いて下さい。あ、いえ、寸止めでお願いします」


「ふふ、はい、了解です」


 東条は試験官の言う通り、強化の甘い箇所を寸止めで差していく。先の部分防御といい、この物体に魔力を流し、弱点を見抜く試験といい、戦闘で使うポイントがよく組み込まれている。


 これだけで、この組合が本気で勝てる人間を育てようとしている意気が伝わってくる。


 しかし、重要な点になればなる程、それは外からは見え辛いものとなる。

 よって、こういった試験は、中途半端に魔法を使える者からすると、些か華やかさに欠ける。


 目に見える凄さが伝わりやすい属性持ちからすると、尚更である。


「……何だよ、カオナシって無属性かよ。俺の方が強いんじゃね?」


「あははっ、バカかよ。流石にそりゃ言い過ぎだろ」


「でもアレであそこまで強くなれんだろ?俺ら余裕じゃね?」


「……地味だな。もういいや」


「私属性持ってて良かった〜」


「無属性とか弱小だもんね」


 東条は心ない声を聞き流しながら、試験を続ける。


 ここに来て思ったが、属性持ちと無属性の間には、一種の格差のようなものが出来上がっているように感じる。

 確かに、派手な魔法は使っていて気持ちがいいし、自分も最初は憧れたものだ。


 しかし殺し合いをしてきた身として、最も大切なのは、身体強化含める無属性魔法だと今なら断言出来る。


 いつだって、自分自身を守ってくれているのは、色の付いていない魔力なのだ。


「はい、充分です。……すみませんマサさん。無属性魔法を軽視する人が、一定数いるのが現状でして」


「はは、貴方が謝る事じゃないですよ。言いたい奴にゃ言わせとけば言いじゃないですか」


「そうなんですけど。……受けに来てくれた彼等が不憫でして」


「……」


 確かに、それは彼等彼女等の顔を見れば分かる。


 自分を慕ってサインを求めてくれた無属性の者達は、後から見に来た属性持ちの声に押されて萎縮してしまっている。


 悲しそうなその顔を見て、東条も少しだけイラついた。


「次の試験は何ですか?」


「あ、はい。魔力を纏った状態で、あちらの対象を攻撃して貰います」


「あの鉄柱でもいいですか?」


 大人の背丈、胴回り程あるぶっとい鉄柱を指さす。


「構いませんが」


「壊れてしまっても大丈夫ですか?」


「え、……ふふ、ええ。構いませんよ」


 何かを察した試験官と、ニヤリと笑い合う。


 東条は鉄柱を抱え、ズドン、と地面に突き立てた。

 その威圧的な音に、辺りが静かになる。


「えー、無属性の同胞諸君。一度だけ、未来の君達が得る、力の一部をお見せしよう」


「「「「(……ゴクっ)」」」」


 誰もが息を呑む中、東条は右腕に魔力を集中させる。


 瞬間、鉄柱を天辺から地面まで、一直線に引き裂いた。

 メリメリメリメリィッ、とおおよそ鉄から鳴らない音が響き渡る。


 後に残るのは、くっきりとついた手形を中心に、歪な形となった鉄塊だけである。


 余りに常識外れな力に、見ていた誰もが口を開けたまま放心する。


 東条は手をはたき、笑う。



「さて、無属性が……何だって?」



「「「「ゥおおおおおおおおおっ‼︎‼︎」」」」


 彼は盛大な歓声を背に、満足気に去って行く。


 道中ノエルと合流。そちらを見れば、五m程のゴーレムがサンドバッグを殴り潰したまま静止していた。


「おま、片付けてこいよ」


「残しといてくれって」


 ゴーレムを崇める人達が見え、物好きもいたものだと呆れる。


 そんな東条を見つめるノエル。


「……マサ、機嫌良い。何かあった?」


「なんでもねーよ」


 駄弁る二人は、尊敬と畏怖の眼差しを気にした風もなく、次の試験会場へと向かうのだった。

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