8話
――四、五時間後
停車したバスから、猫目と毒島が我先にと駆け降りる。思いっきり身体を伸ばし、一言。
「「着いたぜッ、草津ーー‼︎」」
眼下に広がる、自然に囲まれた風情ある町。鼻に抜ける、独特な硫化水素の匂い。そして此処のシンボルとでも言うべき、町のド真ん中を流れる湯畑。
そう此処は群馬県、調査組合関東支部が設立された、日本三名泉が一つ、草津町である。
「恥ずかしいのやめて下さい」
はしゃぐ二人の頭に、風代がパンフレットを振り下ろす。彼女は下車し旅館へと入っていく者達に続き、二人を引っ張っていった。
東条も門構えの入口を潜り、石畳を歩きながら屋敷の様な外観を眺める。
「ここ、結構良い旅館じゃね?」
「ノエルが我道に頼んどいた」
「……美見さん?」
「英二郎」
東条は額を押さえる。いつの間にそんな事を。
「ノエルを呼ぶなら、これくらいしろって言っといた。仕事もうちが請け負ったんだし、妥当」
「……これ、あいつが知ったら泣くぞ」
こんな場所、泊まれるだけでも有難い。
天を仰げば、悪鬼の如き形相を浮かべた有栖が見えた気がした。
荷物を置いた彼等が何をするか?決まっている。観光だ。
資格試験は明日から始まる。それまでは自由行動。温泉地に来て、テンションの上がらない日本人などいないのだ。
――「マサさん、今日もお揃いですね」
デートで買って貰ったパーカーを着た風代が、東条の横に並ぶ。
「まあ、俺フードないと不審者だし」
「そんなに深く被っていれば、充分不審者ですよ」
「いきなりの罵倒」
「ふふっ」
風代はチラ、と彼の顔を伺い、緊張を隠し口を開く。
「あの、よければ二人で「マサ!あっち見たい‼︎」
「あ、おいっ。フードの紐引っ張んな!閉じるっ、閉じグェ」
「……」
しかし次の瞬間、ノエルによって愛しの彼は引き摺られて行ってしまった。
突然の事にポカーンとしていた風代だが、逆方向に走っていく猫目が見えて目を覚ます。何度か頭を振りどちらに行くか迷った挙句、
「っああもう!待ちなさい猫目ちゃん!ステイ!お座り!」
猫目に向かって走ってくのだった。
「うまい。ホクホク」
焼き鳥と牛まんを頬張るノエル。
「うまい。とろとろ」
味噌ダレこんにゃくを食み、温泉卵を掻き込むノエル。
「うまかぁい」
激辛濡れおかきを食べ、蛇舌をチロチロと出すノエル。
「うまい、うまい」
豚、ネギ、椎茸、鮎、様々な串焼きを両手に、ご満悦のノエル。
「うまい!」
「どんだけ食うんだお前」
東条は串を弄びながら、隣に座る食欲の化身に呆れる。こいつの腹は異次元にでも繋がっているのだろうか?
「そんなに食うと夜飯食えなくなるぞ」
「問題ない。昼と夜は別腹」
「普通メインとスイーツとかの分け方なんよ」
串をゴミ箱に捨て、ぶらぶらとまた歩き出す。
「ノエルはこれからの行き先沖縄でいいのか?」
「ん。何で?」
「いや、他にしたいことあるなら、そっち優先してやりたいからよ」
ノエルが振り返り、悪戯っぽく笑う。
「……マサ、やっぱり優しい」
「んだよ」
「ノエルはこの国を見てみたい。だから政府の要求が、最北と最南なのは好都合。沖縄はリゾートって聞く。行ってみたい」
「今はモンスター溢れる、魔境になってるかも知れねぇけどな」
「リゾートじゃん」
「くくっ、違いねぇ」
「クスっ」
二人して笑い合う。
「マサは沖縄でいい?」
「ん?ああ。寧ろ一番行きたいかな。俺南国好きなんよ」
「ん、良かった。マサの行きたい所が、ノエルの行きたい場所でもある。マサが楽しくないなら、ノエルは楽しくない」
「……んだよ」
「わぷ」
真顔でいうノエルに小っ恥ずかしくなり、彼女のフードの紐を引っ張る。
「……まだ回りたい場所あるか?」
「んー、特に。帰ってゴロゴロしたい」
「同感だな。んじゃ帰るか」
「あ!あそこの足湯入るっ」
「……はいはい」
東条は走るノエルに苦笑し、歩いてその後を追うのだった。
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