4話
彼等が滞在している大学病院は、現在大きく三つの区分に分けられている。下階には、主に戦闘経験のない一般人が。その上には、特区内で『力』を獲得した者達が。
そしてその上の数階は、関係者以外立ち入り禁止の小さな情報支部となっていた。
「これからの彼等とのやり取りは、有栖さんを経由する事となりました。こちらが秘匿回線の端末です」
総理補佐、美見が、岩国に携帯端末を渡す。
「分かった。しかし二人に仲間がいるとは、驚きだったな」
「はい。彼女は自身の存在を公表する気はないと仰っていましたので、ある意味最も扱いに気をつけなければなりません」
「普通に脅されたもんな。怖かった」
「はい。怖かったです」
美見と岩国は思い出す。自分達と繋がりを持ちたいのであれば、有栖の秘匿を確約しろ、と有無を言わさぬ姿勢で魔力を垂れ流していた二人を。
岩国は椅子にもたれ、コーヒーを啜った。
「それで、彼等の能力は見えたか?」
「……いえ。見ようとしたのですが、その時、二人の視線が同時に此方を向きまして。以降はずっと牽制されていました」
「それは怖いな」
「はい。生きた心地がしませんでした」
「彼等は素性と能力だけは、絶対に明かそうとしないからな。本来なら国の権力を使ってでも吐かせるべきなのだろうが、彼等が我々を恐れていないのが問題だ。少しずつ信頼を築いていくしかないだろう」
「監視なんて付けようものなら、何されるか分かったものじゃないですしね」
彼等が最も嫌うのは、第三者に舵を握られる事だ。それは今までの会話で痛感している。
「今出来る事は、対等な立場を崩さない事。それだけだ」
「頑張ってください」
「何を言っている?君の仕事だろう」
「何の為の端末ですか?」
「ハハハハハ」「フフフフフ」
彼等の扱いを押し付け合う二人であった。
「話は変わりますが、兼ねてより進めていましたプランの目処が立ちましたので、その最終確認をお願いします」
「おお、だいぶ早かったな」
「つきましては、隊長の御三方にも事前に話しておきたいのですが、」
「ああそれなら今から行くか。丁度見舞いに行こうと思っていたところだ」
岩国は果物の入った籠を持ち、美見に提案した。
――『GAME SET !!』
テレビから流れる、戦闘終了の合図。彦根はコントローラーを置き、伸びを一つ。
「たはー、やっぱ強いね楓君。流石インキャオタクなだけあるよ!」
「え、褒めてます?」
「褒めてる褒めてる」
半身に包帯を巻く千軸と、無傷の彦根。そんな二人を横に、口角をヒクヒクとさせ、本を閉じる亜門。
「……何故貴様等は、毎度毎度俺の部屋に集まるんだ?」
場所は亜門の病室。それなりに広い個室だが、今はその殆どが二人が持ってきたゲーム類で溢れてしまっていた。
「だって俺の部屋テレビないんですもん」
「皆で遊んだ方が楽しいじゃないですか?」
「……これは世情を知る為に使っていた筈なんだが?」
その言葉に千軸が目を大きく開け、バカにしたように松葉杖でテレビを指す。
「はぁあ⁉︎そんなの見たって俺達の悪口しか流れてこないじゃないですか!あんなもん見て何が楽しいんですか⁉︎まさか総隊長、そういう趣味が」
「……(ザワザワ)」
「あ、ごめんなさい許してつかぁさい」
「ハハハ、やっぱり賑やかな方が楽しいね」
二人の漫才に笑う彦根。大きく嘆息する亜門。とその時、病室のドアがノックされ、岩国と美見が入ってきた。
「お、揃ってるな。ったく亜門、部屋は掃除しなきゃダメだぞ?」
「……」
無言で額を抑える彼であった。
「まず、皆様にはこちらの資料を」
四人が配られた資料に目を通す。そこに書かれていたのは、
『魔法顕現者、及び覚醒者実地派遣の宗』
魔法という力がモンスターの唯一の対抗策と分かったその時から、密かに進められていた計画である。そもそも巨大な力を手に入れた人間を野放しにしておくなど、モンスターを散歩させているのと大して変わりない。国としては一刻も早く、彼等を管理下に置かなければならないのだ。
「……試験は、一ヶ月後?大分早いですね」
亜門が懸念に難しい顔をする。
「私も少し早い気はするのだ。只でさえ救助作戦失敗でメディアに叩かれているのに、民間人を導入するなんて発表したら、それこそ火に油じゃないのか?」
亜門に続く岩国だがしかし、
「案外そうでもないんですよ、それが」
そこで千軸が割って入った。
「どういう事だ?」
「はい、大臣や総隊長みたいなおじさん世代は「「……」」、あまりネットとか触らないから知らないかもですけど、ことwebメディアやソーシャルメディアに関しては、俺達への意見は好意的な物が大多数なんですよ」
「そうだったのか?」
美見も頷く。
「はい。総理も仰っていました。大臣はもう少しネットに慣れるべきだ。今時RINEも知らないなど、よくそれで防衛大臣が務まるな。と」
「ぐ、ぐぅ」
図星なおじさん世代は何も言えず。
「それもこれも、全部ノエルさんのおかげなんですよ。あの子作戦中ずっとカメラ回してたみたいで、人が事切れていく様や、モンスターの恐ろしさ、自衛隊が命懸けで戦う姿を、全部記録に納めていたんです。あまりに悲劇的でグロ過ぎるせいで、切り抜きは軒並みバン食らってましたけど」
「ああ、それは俺も報告を受けた。……まさかあの動画がそんな効果を生むなんて、思いもよらなかった」
岩国は自身の知らない場所で、またも彼等に救われていた事を理解した。有難いことこの上ないが、これで対価を要求してこないかだけが心配だ。
彦根は椅子に胡座をかき身体を揺らす。
「皆ようやく知ったんだよ。自分達の隣に引っ越してきたのが、人食いの化物だって事を。
今までノエル君とまさ君は、特区の冒険を一種のバラエティとして日本に発信してきた。安置にいる人達は、それはもう面白かっただろうね。ハリウッド映画顔負けのリアルな冒険譚だもの。でもそれは、彼等が並外れた人外だから成せる事だ。人があの場所に入ればどうなるか、あそこにいた人達がどういう運命を辿るのか、今回初めてそれが発信されたんだよ」
千軸がコクコクと頷く。
「だから俺はあのクソマスメディア共が気に入らないんですよ。何でここまで来て国を批判するのに心血注げるのか、現実見てねぇのはどっちだって話だよ」
成程、と亜門は反省する。世情に疎かったのは、どうやら自分のようだ。
「自分を守ってくれる存在は大手を振って歓迎する、結局人なんてそんなもんさ。だから今やっても、なんら問題ないと思いますよ。むしろ今の方が良いとさえ言える」
彦根の結論に、全員が頷く。
「では話を戻しますが、今回の資料には大まかな内容しか記載されていません。情報が情報ですので、今から一週間後に開かれる会議にて、試験内容やその他諸々の確認、擦り合わせを行いたいと考えています」
「との事だ。それまではここに居るもよし、街に出るもよし、言ってしまえば休暇だ。各々好きに過ごしてくれ」
「「「了解」」っ!」
二人が即座にコントローラーを持ち、岩国がそれに続く。そして亜門と美見は同時に額を抑えるのだった。
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