3話
「あ、まささんっ」
「おお風代、どした」
廊下を歩いていた彼に、後ろから声がかる。
「あの、今から皆で朝食を食べるので、一緒にどうかなって。えっと、」
忙しなく前髪を触る彼女の口には、薄く桃色のリップが塗ってあった。
「構わねぇよ。行こうぜ?」
東条は微笑み、そんな乙女の肩を叩いて食堂へと歩みを進める。
「っ、はい!」
嬉しそうに破顔する風代は、小走りで彼の隣に並んで歩く。指を何度も組み替え、開いては閉じてを繰り返す唇。
「っ、……ま、まささん」
「ん?」
「好きな食べ物と、嫌いな食べ物はなんですか?」
「いきなりだな」
唐突な質問に東条は笑い、腕を組んで唸る。
「そーだなー、好きなのは餃子かな。嫌いなのはセロリ」
「……分かりました」
真剣にメモを取り出す彼女。
「趣味はありますか?」
「あ〜、筋トレと、アニメはもう見なくなったし、運動全般かな。あと食事」
「なるほど。好きな色は?」
「白と黒かなー」
「異性に魅力を感じる時はどんな時ですか?」
「んー、母性に触れた時かな」
「女の子の好きな仕草は?」
「え、何?尋問?」
「気にしないでください、単なるアンケートです。好きな仕草は何ですか?」
「仕草、仕草ねぇ。屈んだりする時に見える、胸チラかな」
「むねっ……」
風代は一瞬自分の胸を見て、悔しい顔をする。
「好きな女子のタイプは?」
「んぁー、包容力のある人」
「最後に、パートナーとなる女性に求めるものは何ですか?」
「強さ」
東条は即答する。
「自分の欲望を、肯定出来る強さを持った奴に、……俺は惚れるんだと思う」
「……欲望に正直なのは、弱さじゃないんですか?」
「ま、そういう見方も出来るわな」
風代は彼の黒い顔を見つめる。表情も、目線も窺い知れないその顔を。
ただ一つ分かる事があるとすれば、その視線の先に、自分はいないという事だけ。
「なぁ風代」
「はい?」
「デート行くか」
「………………………へ?」
彼女が口を開け呆けたままその場に静止する。ゆっくりと動き出す脳細胞が遅れて、『デートに誘われた』と言う事実を理解した。
「な、え、」
「何慌ててんだよ。そのつもりだったんだろ?」
「っ(バレて⁉︎)」
自身のプランが筒抜けであった事に、彼女はメモを握りしめ顔を真っ赤にする。
「で、でも、まささん、彼女さんがいるみたいだし、その」
東条は一瞬口を軽く結び、そして開いた。
「……いないよ。……それっぽい事言ったら、風代が面白い反応するかなーって」
「じゃ、じゃあ好きな人がいるっていうのも」
「あー、嘘だね」
「っ意地悪な人です!」
「そうです私が意地悪な人です」
「通報します」
「それだけはやめてくださいお願いします」
やいのやいのと盛り上がりながら、二人は食堂へと向かうのだった。
「あ、涼音〜!とまさ先輩っ、こっちっす!」
「おはようございます、まさ様。お仕事はもういいんですか?」
「おはよ、もう済んだよ。あと様はやめてくれって。……てか全員集まってどうした?」
猫目の用意した席に座り、東条は周りに座る顔ぶれを見回す。風代、氷室、猫目、毒島とその舎弟、加藤、協調性皆無の朧までもが集まっている。
「いや何、生き残ったのも何かの縁ですしね。親交を深めようと、猫目さんが集めてくれたんですよ」
加藤が白猿の雷撃で禿げてしまった頭部をサスサスと撫でる。
「ヤクザの人達も誘いたかったっすけど、気付いたらどっか行ってたっす」
「ああ、あの人達早々に出て行ったからな」
組の所有する病院に行くと、自分とノエルに挨拶に来たのを東条は思い出す。今まで闇で生きてきたのだ。日の元は何かとやり辛いのだろう。
テーブルに上半身を投げ出す猫目に、毒島が呆れる。
「お前のその行動力には関心するぜ。よくあんな、見るからに人を寄せ付けないオーラ放ってる奴等、誘おうと思うな」
「あー、なんちゃってチンピラには、本物は刺激が強かったすね」
「ぁあ?」
「何すか?闘るっすか?」
「上等だ表出ろや」
「お、賭けるか」「俺は猫目ちゃんに五百円」「猫目に千円」
「お前等もバカにされてんだぞ⁉︎」
ガンを飛ばし合う二人に、騒ぐ舎弟達。加藤と氷室は微笑ましいものを見る目で、風代は止めようと、朧は鬱陶し気に、その光景を眺める。本来あるべきだった年相応の団欒が、そこにはあった。
――「お前もう怪我大丈夫なの?」
「まあ。別に支障はないですね」
朧は食事を口に運びながら、淡々と答える。相変わらず冷めた奴だ。
「そーいや教えて貰った口座に金振り込んどいたから、後で確認してな」
「ああ、はい。いくら位ですか?」
「二億五千万」
「⁉︎ぐふっ、ケホ、……マジですか」
手にした事のない額に、朧は半笑いで東条を見る。
「俺の取り分全部やるって言ったろ」
「まぁ、そうですけど。……何に使お」
とその時、真剣に悩み始める彼の肩にポンポン、と手が置かれる。
「朧っち〜」
成程、猫撫で声とはこれの事を言うのか。
「……何か?」
顔を上げた先に並ぶのは、優しい笑みを浮かべた猫目と毒島と舎弟達の顔。取り繕われたその顔からは、隠しようのない卑しさがはみ出ていた。
「朧くぅ〜ん、俺達友達だよねぇ?」
「違うが?」
「あたし、前から朧っちの事気になってたんだ?」
「どうも」
ケモ耳を生やした猫目が、上目遣いで朧に迫る。
「今度のお出かけ、どこ行くっすか?」
「行かないが?」
無表情を崩せない二人は、あの手この手で彼に取り入ろうとうする。
「もう猫目ちゃん、はしたないですよっ」
「ふふっ、じゃあ私はカバンでも買って貰おうかしら」
「私は広い庭の付いた家がいいです」
「……」
半透明になり始める朧。
「あ、逃げるなっす!」
「抑えろ!離したら見失うぞ!」
(……うざ)
やんややんやと賑やかな彼等を、東条は楽しそうに眺めるのだった。
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