2話

 


「やっぱり二人は私の事なんて体のいい道具だとしか思ってないんです。結局私は誰かに使われた挙句捨てられるような人間なんです。いいですよいいですよ、一人の命より大勢の命ですよ。私の為に助けに来てくれるんじゃないかなんて思ってた私が馬鹿なだけですよ(ボソ)」


「いや、だから」


 病衣に身を包み、屋上のベンチに座る男女が二人。男は頭を掻きながら、彼女の愚痴を仕方なしと受け止める。


「毒島達と約束してたのはお前も知ってるだろ」


「そうですよね、東条くんはか弱い女性の仲間よりも、男友達を助けに行くような情に厚い人ですもんね(ボソ)」


「……か弱い、女性?」


「か弱い女性ですよっ、私は!しかも今女性の方に疑問を持ちましたね⁉︎何ですか闘るんですか⁉︎やっぱり二人とも私の扱い酷くないですか⁉︎私は絶対に死なないギャグキャラじゃないんですよ⁉︎」


「有栖なら大丈夫な気がする」


「アアアア職場環境の改善を要求しますうぅっ」


 頭を抱えて転がる有栖を前に、東条は笑いながらベンチに背を預ける。


「……成り行きで結んだ契約ではあるけど、お前の事は大切な仲間だと思ってるよ。だからこうして素顔晒して、本名まで教えたんじゃねぇの。俺は余程信頼してなけりゃ、自分の秘密打ち明けたりしないぜ?」


 東条は照り差す陽光を仰ぎ、心地良さそうに目を瞑る。


「……まあ、そうですけど」


 有栖も服に付いた汚れをはたき、ベンチに座り直す。


「……他の人が言う『仲間』ってのが、どういう繋がりを意味するのかは知らねぇけど、俺の中では命を預けあう一蓮托生の存在だ。そいつが傷付けば俺も痛くて、そいつの被害は俺にまで伝播する。……少なくとも俺とノエルは、そういう関係なんだよ」


「……重いですね(ボソ)」


「そうだぜ〜?お前はそんな中に足を踏み入れちまったんだ。もう後戻りは許されないのだよ」


「……ひぐっ」


 有栖は溢れそうな涙を堪え、空を仰ぐ。お日さまが何と眩しい事か。


「……てことは、ノエルちゃんにも何か秘密があるんですね。まあ見るからに秘密の塊みたいな子だけど(ボソ)」


「まあなぁ、……あいつの秘密は、ちとデカすぎるからなぁ」


 こればかりは有栖と言えど、TPOを弁えないと大変な事になる。自分が迂闊に口を開いていい問題ではないのだ。


「偉そうな事言った後で悪ぃけど、勘弁な」


「怖すぎるんですけど?どんなヤバイ秘密抱えてるんですかあの子」


 有栖はノエルの顔を思い浮かべ、戦々恐々と冷や汗を垂らす。


「気になって仕方なかったら、あいつに直接聞いてみるといいさ」


 東条はそう言うがしかし、


「……いや、別にいいですよ」


 彼女はあっけらかんと断った。


「そんな気になりませんし。ノエルちゃんが言う必要がないと思っているなら、言う必要はないんです。東条くんの秘密も、正直どうでもいいですし(ボソ)」


「酷くね?」


「今回東条くんが秘密を打ち明けてくれたのは、東条君の思う『仲間』に対する責任であって、私はそこから、秘密ではなく、誠意を受け取りました。でも、私の思う『仲間』は、利害の一致の中で、足並みを揃える集団ですから。


 二人にそれぞれの『仲間』があるなら、私にも私なりの『仲間』があるんです(ボソ)」


 東条は薄く目を開け、遠くを見る彼女に頬を緩める。


「あいにく私には大層な秘密も、担保に出来るような事情もありませんから。二人の事情と要求を入れて働く、腰にぶら下がる巾着袋で充分なんですよ」


 有栖は思う。それが自分の選んだ道であり、そんな道に自分は満足している。不平不満は言うし、苦言も申し立てるが、それは二人への好意から来るものだ。


 もし二人に捨てられたのなら、自分が二人にとって必要では無くなったからでしかない。ごく一般的な社会の仕組み。二人と出会う前までと何も変わらない、『仲間』の関係。


 ……少し違うとすれば、二人とする仕事が楽しいという、ただそれだけである。しかしそれだけがあれば、自分は二人を受け入れてしまえる、軽い女なのだ。


「やっぱりお前、めちゃくちゃ都合の良い女だよ」


 東条は立ち上がり、彼女に手を差し出す。


「それ、あんまり他の女性に言わない方がいいですよ(ボソ)」


 手を取った有栖を、優しく引っ張り上げた。


「何言ってんだ、褒めてんだよ」


 扉を潜り、中へと戻って行った二人の後、屋上全体を囲んでいた漆黒が霧散した。


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