74話 to this world

 


 [……色の戻った世界に、一陣の風が吹き砂を巻き上げる。


 一面塵と化し、大きく窪んだ闘技場。


 その中で、二匹の生物が起き上がった]



「――ッ」「――ッ」


 [言葉などいらない。互いに地を蹴り、得物を振り被る。その顔に、狂気の笑みを張り付けて]


 殴り、殴り、殴り、殴る。――

(切り裂き、切り裂き、殴り、切り裂く)――


 [ノーガードでの、殺し合い]


 腹が裂け、胸が裂け、骨がへし折れ、左目が裂かれる。――

(腹が潰れ、胸が陥没し、脇腹が吹き飛び、左の顔面が消し飛ぶ)――


 [どちらの血かも分からない赤が、周囲を鮮烈に染め上げていく]


「――ッッ‼︎」


 左腕が切り裂かれブラつく中、拳を躱し魔剣を叩き折った。


 [刀身が半ばから折れた魔剣が、クルクルと回転し地面に突き刺さる]


「――ッ⁉︎」


(驚愕。ほんの一瞬、バランスが崩れる)


 同時に足を引き半身になり、白猿の腹に右手を横向きに添えた。


「――ッ


 [インパク――……(笑)――]


 ――ぐゥッ⁉︎」


 激痛。見れば、背中から腹に、折れた魔剣の刀身が貫通していた。


 [白猿は藜を殴る際、隠していた『出口』の印判を押し当てていた。そして魔剣にも、先の戦闘の際こっそりと『入口』の呪言を刻んでいたのだ]


「ルァッ‼︎」

「カッ、はっ」


 回し蹴りを食らい、吹っ飛ばされる。


 立ち上がろうとするも、腕に、脚に、身体に、力が入らない。

 今の一撃で、完全に戦闘の糸が切れてしまった。


「ヒュー、ヒュー……ぐっ」


 ぼやける視界の中、刺さった剣を強引に引き抜く。


 溢れ出し広がる血溜まりに、ばたりと大の字に倒れた。




「ホォアアアアアアアアアアアアッッッ‼︎」


 血を吐きながら雄叫びを上げる白猿は、感じた事のない快楽に酔いしれる。


 あぁ、ああ、何と甘美で、凶悪な情感だろうか。


 こんなの、こんなもの、今までの自分は死んでいたも同然ではないか。


 これが勝利か。これが生か。これが悦びか!




「……」


 白猿の雄叫びを聞きながら、血の温かさと、冷えていく身体をぼんやりと感じる。


 想うのは、二人の娘の顔。


「……すまねぇなぁ、鷹音、鶴音。……お父さん、負けちまったよ」


 幻覚か走馬灯か、二人が自分に笑いかける。


 そんな娘達に、彼は苦笑した。


「……鷹音、鶴音、ウチの家訓は?」


((痛みを、屈辱を忘れるな。二度とたてつかないよう、徹底的に殺し尽くせ)!)


「……その通りだ」


 鷹音が髪を留めていたシュシュを解き、鶴音が本から栞を抜く。


 背を向け歩いていく彼女達に、彼は微笑んだ。






 ――(パパ!)(お父さん)







((ありがとう!))







 一筋の涙を流して。



「……?――


 白猿は、空中でクルクルと踊るシュシュと栞を目に入れ、


 瞬間、


 ――ッッッッ⁉︎⁉︎‼︎‼︎」


 脱兎の如く逃げ出、そうとした。





 ――シュシュと栞が圧縮、空間が捻れ、その場に生まれた



 黒点。



 その大きさは10の−50乗m。

 太陽と水素原子の大きさの比率よりも、更に更に小さな黒い点。


 到底、視認する事などできない。


 黒点の名称は、ブラックホール。


 この小さなブラックホールは、熱的なホーキング放射の影響で、自らどんどん崩壊してしまう。


 その寿命はとても短く、10の前に0が30個以上付く速さで消滅する。


 そして、ブラックホールは消滅する時、計り知れないエネルギーを発する。


 これ程小さなブラックホールでさえ、その破壊力は、


 核爆弾に匹敵する。



 小さな彼女達の怒りは、現界した瞬間、消滅。


 そして、




 ――全てを消し去った。




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