終幕

end of the unreal

 



「……藜さん」


 東条は闘技場の外から、二人の血みどろの殴り合いを見ていた。


 ノエルと合流した彼は、朧達を彼女に任せ、藜の元へと来ていた。



 今この瞬間、どちらが死んでもおかしくない状況。


 しかし彼は、この決闘に割って入る気にはなれなかった。


 何より、藜の笑顔がそれを許そうとはしなかった。



 ――藜の腹に剣が生える。



 ……頃合いか。


「恨まないで下さいよっ」


 横取りされたなんて言われたら、たまったもんじゃない。


 雄叫びを上げる白猿に向かって、跳躍。



 ……ふ、と藜の投げた、シュシュと栞に目がいく。



 刹那、


「――ッ⁉︎⁉︎」


 途轍もない怖気が身体を走った。


 同時に『輪廻』を発動、方向転換、藜へ向け地面を蹴り砕き、抱き抱え、全力疾走。



「――ッノエルゥゥウウウッッ‼︎‼︎」



 瞬間、全開の漆黒で防御形態を取った。






 バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン「うぉおおおおおおあああああああああああッッ⁉︎‼︎⁉︎」バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン――





 展開と同時に、エネルギーが超過し破壊される漆黒。


 一瞬で再生。一瞬で破壊。再生、破壊、再生、破壊、再生破壊再生破壊再生破壊再生破壊再生破壊再生破壊再生破壊――


 何が起きているか分からなかった。


 自分が今どうなっているのか、皆目検討がつかなかった。


 視界が回り、景色がうねり、衝撃が身体を叩く。


 ただ確かなのは、今少しでも休めば、自分は死ぬという事。


 腕に抱いたものを離さぬよう、東条は砂煙の中に消えていった。





 §





 笠羅祇一行はモンスターを蹴散らしながら、順調に外へと進んでいた。


 そこへ、


「――ッ」「ぁぁあああああああッ‼︎」


 焦るノエルと、蔦に縛られ振り回される朧一行が飛び込んできた。


「――っ何だ⁉︎ノエル嬢⁉︎」「ノエル殿⁉︎」「ノエルさん⁉︎」


 当然驚く一行には目もくれず、



「――ェルゥゥ……」



「っまさッ!」


 彼女は着地と同時に地面を殴りつける。


 瞬間、


 ――大学に向かって、五層の巨壁が大地より起立。

 ――爆音。

 ――ノエルが手を叩き合わせ、その場の人間を木製のシェルターに閉じ込める。

 ――爆風。巨壁五つが一瞬で爆砕。


「――ッッッッッ‼︎‼︎‼︎」


 ――轟音と爆震の中、破壊された傍からシェルターと壁を同時に展開していく。

 ――破壊、構築、破壊、構築、破壊構築破壊構築破壊構築破壊構築破壊構築――


「――っ」


 悲鳴も搔き消える死の砂煙の中、ノエルは一人の男だけを心配していた。





 §












 被害範囲……半径五㎞。


 半径二㎞以内……石の一片も残さず、更地化。


 半径三㎞地点……人工物全壊。


 半径四、五㎞地点……所々に崩壊の跡あり。


 爆心地……海抜−3000m。












 ……そんな場所の中心で、切り取られた空を眺める者が、二人。


「……」

「……」



 ――流れ込む海水に身を委ねながら、揺蕩う雲を目で追う。



「……なぁ、まさよぉ」


「あ?」


「……何で俺ら、裸なんだ?」


 彼等は、裸であった。


「……あんたの所為でしょ」


「記憶が曖昧なんだよ」


「シュシュと栞が爆発、服が消し飛んだ」


「あぁ〜。……あ?」



 ――海鳥の鳴き声が静かに響く。



「……白猿は?」


「跡形も無いですよ」


「……」


 藜は、眩しそうに右手で顔を隠す。


「……勝ったのか」


「完勝ですね」


「……そうか」


 次いで手を伸ばし、太陽に翳した。


「……ありがとな、鷹音、鶴音」


「ん?」


「何でもない。……いつか話してやるよ」


「んー」



 ――二人はぷかぷかと浮かびながら、大きく空気を吸い込み、盛大に吐く。



「なんか、一区切りついた感じしますね」


「何が」


「冒険?」


「……まぁ、気分は晴れてるな」


「「…………ぶぇっ」」



 ――波が顔にぶつかる。



「……そろそろ出ます?」


「このままぷかぷかしてりゃ出れんだろ」


「多分、その前に藜さん失血死しますね」


「ああ〜」


 藜はブラつく左腕を上げる。


「どうりで意識が遠のいてきたわけだ」


「……はぁ、しゃーなし」


 立ち泳ぎし、足元に漆黒を円状に展開。浮き上がらせた。


 ザバァ、と水が流れ落ち、二人が宙に浮き、そのままゆっくりと上昇していく。


「肩貸しぃ。座れます?」


「ああ、ありがとな……」


「……何すか」


 ジッ、と此方を見る藜を訝しむ。


「いや、お前、そんな顔してたんだな」


「……あぁ、」


 自分の顔を触り、漆黒がついていない事に気づく。


「んだよ、隠しちまうのかよ」


「別にいいでしょ。それともあれですか?いい男すぎて惚れました?」


「いや、何処にでもいそうな強面顔だったな」


「ブチ殺しますよ」



 ――柔らかい潮風が、優しく頬を撫でる。



「……くくっ」

「ふふっ」


「「あははははははっ」」


 二人は爆笑しながら戯れる様に叩き合う。


「ひははははっ、いでっ、いだいいだいっ」

「くははははっ、ちぎれる腕ちぎれるっ」


 謎のテンションに涙を拭いた二人は、穴の淵にひょこひょこと顔を出す影に気づく。


「……なぁまさよ」


「はい?」


「もう敬語はやめようぜ。俺たちゃダチだ、裸で笑い合った仲だぜ?」


「……確かに、殺されかけた相手を敬うのも癪だしな」


「くくっ、悪かったって」


 二人の手がガッチリと組み交わされる。


「んじゃ、これからもよろしく頼むな。藜」


「ああ、こちらこそだ。まさ。……本名は?」


「また今度な」


 漆黒が地上に到達する。




 障害物が悉く消えたことにより、応援に駆けつけた軍。


 ノエルにより生かされた避難民。


 藜組一同。


 度胸ある報道陣数人。


 その場に集まった全ての視線が、二人に注がれた。




「っまさ!怪我、は……」


 彼の無事を確認し、破顔するノエルはしかし、その姿をみて固まる。




 太陽を背に、仁王立ちする二人。






「御来光じゃいぃい‼︎」


「崇め奉れやぁああ‼︎」






「「「「「「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」」」」」」」






 場違いな高笑いが、虚しくも辺りに響き渡る。




 これでいいのか人類よ。


 これでいいのか世界よ。



 歴史に刻まれる大激戦は、こうして幕を閉じたのだった。









「……死ね」




 汚物を見る、ノエルの言葉を残して。

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