72話

 


 藜は杖を持ち、立ち上がる。


 初めてcellを使った時、その瞬間にcellを暴走させた。

 そのせいで、彼の左半身は重力をまともに受けなくなってしまったのだ。


 上下左右三百六十度、彼の左半身の重力は、この時この一瞬も常に切り替わっている。

 そしてその微弱な引力は、彼自身も操ることが出来ない。暴走の代償と言ったところだろう。



 あれから、俺の見る景色には色が無い。


 この世界を色付けていた二人が、もう俺の側にいないのだから。


 今まで身近に死を感じ続けてきた。

 故に死を受け入れる事は出来る。


 二人はもうこの世にいない。それは紛れも無い事実だ。


 しかし、俺はヤクザだ。


 大切なものを踏み躙られた怒りを、憎しみを、後悔を、絶対に忘れはしない。


 故に、俺は許さない。



 絶対に、許さない。



「……くくっ」


 ボサボサの髪の毛を、自らの血で掻き上げる。


「こんな世界だぁ、アメリカでやる必要は無くなった。海外のシノギは勝手に潰れてくれるし、これから日本にも武器が必要になって来る。

 これから大々的に国と関わってくんだ。貸しの一つも作っといた方がいいだろ?


 なぁ白猿よぉ、お前もそう思うだろぉ?」


「……」


 顔面が半分潰れた白猿が、瓦礫を押し除け立ち上がる。



 俺はヤクザであり、組長だ。


 食わせてやらなきゃならないファミリーが、まだこの世に残っている。


 ならば復讐と同時に、精々利用させてもらおうじゃないか。


 どこまでも合理的に。

 どこまでも理性的に。

 どこまでも計画的に。


 奴の命を、弄んでやろう。



「感情的になるのは、あの時と、……今日で終いだ」



 ――全開放。


 彼を中心に地割れが起き、余りの圧力に隔離空間がブレる。


 割れた地面は盛り上がり、建物、トレント、コンクリ、瓦礫、車、地上にある悉くと共に浮き上がり、漂い始める。


 ボロボロのコートをはためかせ、燐光を纏い、宙に浮く藜は白猿を見据える。


「……さぁ、フィナーレといこう」



 その顔に、悪魔を貼り付けて。



「……っ、……」


 力場が無茶苦茶に乱れる中、白猿は地面にしがみ付きながら、潰れた左目が見えるようになったのを確認する。


 あれを殺すには、どうやら今のままでは不足らしい。


 白猿は魔剣を咥え、


「――グっ」


 右手の人差し指を、自らの身体に突き立てた。


 そしてそのまま動かし、呪言を抉り刻んでいく。絶対に消えないように、絶対に消されないように、深く、深く。


―――反魔力


 書き終えた直後、白猿は重力を取り戻し、二足で地を踏みしめる。


「……フゥゥ」


 しかしその身体は絶えず崩壊と修復を繰り返し、ダラダラと血を流していた。


 モンスターの命の源である魔力の干渉を強制的に遮断しながら、『輪廻』によって無理矢理魔素を取り込むという荒技。


 分かりやすく言えば、白猿の細胞は今、呼吸困難状態にある。


「……ヒヒっ」


 剣の柄頭から血を滴らし、しかし白猿は笑った。

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