70話


――砂煙を残し、白猿が消える。


体勢を極限まで低くし一瞬で藜の背後を取った彼は、魔剣を構え、無防備な背中向けて突貫する。


しかし、


次の瞬間身体を横に倒し回転。上方からの圧力を魔剣で切り裂いた。

白猿を避ける様に地面が陥没。


距離を取る彼の後を追い、見えない力が地面にクレーターを作っていく。


バク転、バク宙、着地、踏み込み、魔剣を振り抜いた。


「……」

「やるねぇ」


藜は振り向き、潰れた地面の中心、平然と起立する白猿を笑う。



「もう少し、ペースを上げようか」



白猿が右に跳躍。近くの樹形トレント五本、その高さが一瞬で消えた。


白猿はトレントの林を走り抜けながら、藜の能力を探っていく。


視覚に映らない、頭上からの圧力。攻撃の種類は斬撃ではなく打撃に近い。潰れた地面、魔力の動き、速度etc……、


――白猿の通った後に、轟音と共に陥没の道ができていく。


以前、教科書で見た自然現象。



重力



恐らく、それに類似する力だ。


ならば、


――白猿は一軒家に飛び乗り、方向転換、藜目掛けて飛び出す。直後家屋が丸ごと潰れる。


「『――――天の裁きから』」


「お?」


自分目掛けて爆走してくる白猿に、藜が反応する。


「(何か掴んだか?)オラッ」


「『――――我を守れ』」


動きを予測、直撃した攻撃はしかし、甲高い音を上げ白猿の頭上で弾けた。


白猿は笑う。やはり予想は間違っていなかった。

この攻撃は、上からしか来ない!


「――フゥッ」


藜の懐に入った彼は、左半身を開き聖剣を引き絞る。


動かない男。残像を描き始める白い剣。確実に決まる。その確信は、



「不正解」



「――ッ⁉︎⁉︎」


突如重さを増し、地面に減り込んだ聖剣によって崩された。


「理科の勉強をしていたのは偉いです「ぼグォおッ⁉︎」」


白猿の腹に、深々と拳が突き刺さる。


「重力とは物体が地球から受ける力のことですね」「ゴォエッゴォエッゴォエッ」


腹パン、腹パン、振り抜かれる魔剣を踏みつけ、腹パン。


「(この黒剣、能力が弾かれるな。解除か、無効化か)あとそんなバリア意味ないですね」

「――っ⁉︎ゴグァッ」


ガラスの割れる様な音を立て、頭上のバリアが砕け散り、白猿の全身が地面に叩きつけられる。


バゴン、バゴン、と、刻一刻と地面を陥没させながら埋まっていく。


そんな白猿を見つめ、藜は恍惚とした表情を浮かべた。


「……あぁ、いいな、とてもいい。ようやくお前に手が届いた。ひひひっ」


己の拳を灰色の太陽に掲げ、嗤う。


「なぁおい、こんなもんじゃねぇだろ?もっと遊ぼうぜ、もっと俺を気持ち良くしてくれよ!」


「ガルァアアアッ‼︎」


白猿は地面に亀裂を入れながら、筋力だけで起き上がり聖剣を構えた。


「ひゃははっ、やっぱ凄ぇよお前!」


相手の頑丈さと根性を褒め称えながらも、危険を感じその場から飛びずさる。


直後、振り抜かれた聖剣から雷撃が打ち出された。

地面を焦がし爆進する雷が自身に直撃、する前に圧し潰す。


「ホォアッ」


その隙に重力を抜け出した白猿が、聖剣を地面に突き立てた。


瞬間、大地が脈動、針山の波が暴れ回る。同時に地面から噴き出る無数の爆炎。降り注ぐ落雷。


「何だよこりゃあ⁉︎」


地形を変えながら付近の物を根刮ぎ吹き飛ばしていく、この世の終わりの様な光景に、藜は呆れ驚き爆笑した。


これこそが聖剣の能力。炎、水、雷、風、地、の五属性に連なる天災を、意のままに操るのだ。

最早生物がどうこう出来るレベルを超えている。


抗うことなど出来ない、自然という悪魔。人々が恐れ、崇めてきたもの。


しかし、そんなものを操る化物が相手にしている人間もまた、その枠を超えている。


「洒落せぇッ‼︎」


無造作な一言で、彼は悪魔を地べたに叩き落とし潰した。


うねる大地は平にならされ、噴き出る爆炎は超重力に押し止められ、浮遊していた雷雲は地面で弾け飛ぶ。


しかし間髪入れずに白猿が聖剣を振る。

生み出されるのは周囲一帯を埋め尽くす大波に、それを滅茶苦茶に振り回す暴風。


操る白猿と、藜の展開した力場を除き、街が海に沈んだ。


隔離された空間の中で暴れ回る水害から、二人はこの灰色の世界の体積を大まかに把握する。

ざっと東京ドーム五個分の、高さ三十mと言ったところだ。


(……笠羅祇も随分奮発してくれたな)


喜ぶ藜とは裏腹に、白猿は聖剣を振る。


「『――――来たれ海の悪魔』」


その言葉と共に、水魔法で作り出された百匹を超えるサメが、藜の周囲を彷徨うろつき始めた。


「アメリカも真っ青だなこりゃ」


直後、大口を開けた鮫が一斉に突撃。藜の周囲をズラリと並んだ牙が埋め尽した。

力場によって潰れても、次から次へと牙を突き立ててくる。


この大規模な水を圧するのには骨が折れる。

かといってこのままでいい訳もない。

どうしたものか。


「『―――反魔力――付与』」

「――っ」


悠長に考えていた藜の腕に、力場を突破した一匹の鮫が噛み付いた。


「そんな事もできんのかよ」


鮫の牙と『輪廻』がぶつかり、バチバチと燐光を弾けさせる。しかし鮫の身体も元は魔力。加速度的にバラバラと崩れていく。


白猿は糸口を掴んだ。

白猿とて、他人のcellの根本に干渉する事はできない。故に反重力などの呪言は扱えない。しかしその程度の事、量で補えばいい。


「『―――反魔力――付与』」

「『―――反魔力――付与』」

「『―――反魔力――付与』」


藜の四肢に、四匹の鮫が噛みつき暴れる。バチバチと燐光が明滅する中、徐々に服が破れ血が滲み始める。


「こりゃぁ、余裕ブッこいてもいられないな」


彼は鮫の付いたままの左手を白猿に向けた。

同時に白猿が、魔剣を上に向かって振り抜く。


しかし、


「不正解だと言ったろ」


頭上からの重力は来ない。代わりに、


「――ギッ⁉︎」


暴れ狂っていた水が白猿只一人に向かって、急速に収縮を始めた。


途轍もない力で主人である自分を圧迫する水流を、聖剣を使い操ろうとするも、それよりも上の力で制御を奪われる。


このままでは、空気ポケットごと押し潰され加藤戦の二の舞になる。


白猿はやむを得ず、全ての水を解除した。空間に波打っていた水が消える。


同時に、藜が杖で地面を軽く叩く。崩れかけの四匹の鮫が爆散。


「ナ、――ッァ⁉︎」


白猿の身体が右に吹っ飛び、民家の残骸を粉々にした。

土煙を纏い飛び出す白猿は、何かに引っ張られる様に、大地を盛大に削りながら暴走する。


右、左、スライド、上、下、下下下下下下下下下下――

「アッガッ、ガビャッッッッッッッッッッッ⁉︎――


超連続で地面に顔面を打ち付けられ、白猿は混乱する。


(何が、起きている⁉︎)




――万有引力――という法則を知っているだろうか?


この宇宙に於いて、万物は互いに引き寄せる作用を及ぼし合っている。という考え方である。


簡単に言えば、小さな林檎も、我々人類も、この地球も、例外なく引力を持っているという事。

地球上の物体が地球から受ける引力が、俗に言う重力。というだけの話なのである。


藜は、この『引力』を自在に操る。


強弱、方向、対象、全てが思うがままなのだ。


以前彼は自分の力を、東条に「引き寄せるだけの力」と説明した。

間違ってはいない。間違ってはいないが、そんな生ぬるい話ではないのだ。


生半可な生物は、彼の前では立つ事すら不可能となる。




「――ッ」


顔面で地面を削る白猿は身体を捻り、魔剣で自分を引っ張っている引力の線を断つ。しかし、


「グゥ――ッ」


着地から体勢が整う前に、今度は聖剣が途轍もない速度で引っ張られる。断つ。右足。断つ。頭。断――右手五指。


「――ッ」


魔剣を動かせなくなった身体が、藜目掛けて吹っ飛ぶ。――避けられない。


白猿は高速飛行中にも関わらず、体勢を全身の筋肉で安定させ、左手を引き絞る。


藜は半身を開き、飛んでくる対象に右手を引き絞る。


瞬間、


「オルァアッ――がハッ⁉︎」ギャリリリリッッ

「ゴルァアッ――ガべッ⁉︎」ボグオッッ‼︎


インパクト。


足場を爆散、抉り飛ばし、両者逆方向にぶっ飛んだ。



「ぃつつ。……あそっから反撃してくんのかよ」


瓦礫を押し除け、袈裟斬りにされた傷口を撫でる。


(……やっぱ、あの両手剣に触れんのはマズイな)


指にべっとりと付いた赤は、周りの風景から切り離され、やけに濃く、鮮明に目に映る。


「……」


藜は全身を投げ出し、割れた地面の上に大の字に寝っ転がった。


……流れる雲も、羽ばたく鳥も、照り差す太陽も、広大な穹窿も、全てから色が抜け落ちた景色。



――¬まるで、から自分が見ている世界の様だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る