6章 Legend of the battle front

69話

 


「てかノエルには感謝しねぇとな」


 何を言おう、この場所に白猿が来ると予測したのはノエルなのだ。

 大学内に紙がばら撒かれた瞬間、ノエルが傘をさしながら電話していた相手は、藜であった。


(後でお菓子をいっぱいあげよう)


 そんな事を考えつつも、思考を切り替える。


「……さて」


 藜は杖のグリップに両手を乗せ、白猿を見据えた。


「もう逃げるのは諦めな。ここは外部、内部、どちらからの干渉も不可能な場所だ。……お前の能力なら解けちゃうのかも知れないけど、俺がそんな時間与えるわけないしね」


「……っ……っ、」


 白猿は上方からの圧力の中、藜を睨む。


 この灰色の空間は、先の女の能力と似ている。しかし、その練度と頑強さは比べ物にならない。

 時間を掛ければ解けるだろうが、奴を前にそれは自殺行為だ。


 故に、


「……『―――土の神よ――――我が右手には―――――――――万物を切り裂き退ける魔剣を―――――我が左手には―――――――――世界を織り成す聖剣を――――――――彼の者を討ち滅ぼす―――――――――二振りの剣を与えたもう』」


 白猿は逃げるのを辞めた。


 彼は足元から生える黒剣を右手に持ち、思いっきり上に振った。


 瞬間、彼を押さえつけていた力が切り裂かれ、霧散する。

 次いで左手で白剣を引き抜き、肩に担いだ。


 土魔法とcellの複合技。白猿の手に入れた力は、余りにも相性が良すぎるのだ。


「ヒュ〜」

「……」


 白猿は笑う。


 戦いの楽しさを思い出した。


 殺し合いの充足感を思い出した。


 退路は断たれ、目の前には強敵。


 ……ならば、今だけは王を辞めても良いだろう。


 今だけは、一人の戦士に成り下がっても良いだろう。


 生き残るという責務を放棄し、死の快楽に溺れても良いだろう。


 さぁ殺ろう。誰の邪魔も入らないこの場所で、どちらかが死ぬまで殺し合おうじゃないか!


「お、殺る気になったみたいだな?」


 獰猛な笑みを浮かべる白猿に、藜も嬉しそうに応える。


「それで?準備はもう良いのか?」


「ジゅ、んび?」


「っ⁉︎喋れるようになったのかお前⁉︎いいねいいね!そう準備!俺を殺す準備はそれで良いのか?」


「……マッて、くれル?」


「おうとも、全力で来てくれないと、オジサン泣いちゃうぞ?」


「……ワカッタ。……『―――治癒力活性――痛覚鈍化―――皮膚硬質化――――情報伝達速度上昇――――動体視力強化―――――肉体耐久値上昇』……シんたイ、キょウか」


 白猿は自身の肉体が許容できる範囲のバフを、これでもかと掛けていく。


 そして最後に、今は亡き同胞から学んだ技、身体強化を発動した。


 白猿の周りで魔力が循環し始めたのを見て、藜も目を細める。

 当然の様に『輪廻』を使う化猿に、乾いた笑みが漏れてしまった。



「……『輪廻』」



 藜の周囲を、濃密な魔力の波が渦を巻く。

 猛る嵐の様な本流が、次いで一気に収縮。

 静かな循環の中で、白い燐光がバチバチと彼を取り巻いた。


 余りにも濃密な魔力が、余りにも高い練度で凝縮された際に起こる、魔素の可視化。

 Lv7を超える膨大な魔力を、余す事なく自分という器に集めることで、初めて起こる神秘の現象である。


 現時点でこの現象を引き起こせるかも知れない者に、ノエル、加藤、紅、白猿の四者が挙げられるが、いずれも練度という点で足りていない。


 紅が最後に見せた雷撃を纏った様な姿は、この現象を一時的に引き起こした状態ではあるが、そこに彼女の意思が介在していなかったため運に近い。


 よって、意図的にこれを発動できるのは、この日本一の魔境、特区内に於いて、彼只一人という事になる。


 一体どれ程のモンスターを殺せば、短期間でここまでの魔力を手に入れられるのか。


 一体どれ程の鍛錬を積めば、ここまでの魔力を扱える様になるのか。


 一体何が、彼をそこまで突き動かすのか。


 飄々とした仮面の下に、悍ましい執念を垣間見た白猿は、二刀を構え、その双眸を鋭く細めた。



「……ひひっ」「……クヒっ」



 小さく漏れ出る笑い声。


 今ここに、特区最大、死闘の幕が切って下された。

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