66話


 

「だいち君、うみちゃん、彼等を助けてあげて下さい」


「ピャぁ……」「ンゴォ……」


 側で悲しそうな表情をする二匹に、加藤は微笑む。


「私は大丈夫です。ほら、……早くっ」

「「――っ」」


 ビク、と身体を震わせ、走っていく二匹を見送る。痛む心に口を引き結び、敵を見据えた。


(……言葉と文字が攻撃手段なのは割れてる。さっきのはハンコ。道具で能力を多重発動してる感じですか)


 楽しそうに跳び回る白猿を観察していた、その時、白猿が自分に向かって全力で印判を投擲した。


「――っ」「ギヒ‼︎」


 咄嗟に水壁を作り後ろに跳躍、コンマ遅れて白猿が転移、突き出された長い腕が頬を掠った。水壁で絡め取りにかかるも、強引に抜け出される。


「――(来いッ)」

「フッ」


 爆撃の如く降り注ぐ鱓を、白猿は軽快に躱す。躱す。躱す。そして隙を見てはマントに手を潜め、


「『――』」『――』『――出口』「『――』」『――』『――出口』「『――』」『――』『――』「『――』」

――出口』『――』――


 加藤に向かって口撃と同時に印判を投げまくる。


 対する彼は防御を無視し、左右の親指と小指を重ね、その中心に一滴の水玉を創造。


 瞬間、


「『駄津ダツ』」


 途轍もない程圧縮された水のレーザーが踊り、飛来する印判を全て砕き散らした。暴発した呪言が爆発を起こす中、


「ギャ、ギ⁉︎」


 レーザが白猿に直撃し、咄嗟に錬成した土盾ごとその巨体を吹っ飛ばす。


「ガ、グゥ⁉︎」


 代償として加藤は、裂、刺、雷、爆の効果をモロに食らい、煙を上げながら後ろに吹っ飛んだ。


 しかし、今こそが好奇。己の身体など捨て置き、魔力を総動員して


「――ッ、『バラクーダッ‼︎』」


 数倍に巨大化した五匹の鱓が、厳つい顔面を更に厳つくし、渦を巻きながら魚雷の如く天より降り注ぐ。

 大学半分を覆い尽くすその圧倒的攻撃範囲からは、何人たりとも逃れる事は出来ない。


「クルル……」


 瓦礫を押し除け起き上がる白猿は、頭上に迫る五つの顎あぎとを仰ぐ。


 そんな彼かの口から紡がれたのは、今までの簡易的な呪言などでは無い。正真正銘、―――呪文であった。



「『―――天を穿て―――赤く染めろ――――――――――我が望は邪龍の首よ』」



 赤い閃光が瞬き、空気が収縮。


 ――刹那、轟音と共に龍が消し飛んだ。


 天を揺らした指向性の大爆発。後に残る黒いキノコ雲は、白猿の頭上一㎞に破壊の花を咲かせた。



『呪言戯画久遠図』は、呪文にしてこそ真価を発揮する。

 紡がれる言葉が多ければ多い程、威力と効果が何乗にも掛け合わされる。しかしそれに比例して魔力も削られる為、短期決戦向けの戦法なのだ。


 白猿がこの技を使ったということは、つまり加藤を脅威と判断したことに他ならない。


「……フゥ、」


 白猿は一息吐き、加藤へニヤリと笑みを向けた。


 大技を蹴散らされた脅威は、今どんな顔で絶望しているのか。どんな阿呆な顔を晒しているのか。


 楽しみで、楽しみで、そんな彼の顔を見て、


 ……笑みを止めた。



「……『白鯨』」



 中指を天に向けるその男は、笑っていた。


 畳み掛けるとは、敵が死ぬまで攻撃を止めない事だ。


 白猿は見誤った。加藤という男の、生き足掻く強さを。


「――ッ⁉︎」


 白猿は自身の足元を見て、全力で回避しようとする。

 転移で逃げようとするも、何故か発動しない。見れば、先の攻撃で身体が数カ所抉れ、刻んだ呪言に傷がついていた。


 加藤は見抜いていたのだ。書かれた呪言は、少しでも欠損すると効果を発揮しなくなる。

 故に被弾覚悟で駄津を放った。


 今まで傷を負った事のなかった白猿は、自身の頑丈さを過信してしまった。


 そんな人ならざる者が感じる、初めての感情。……焦燥。



 ――同時刻、大学を中心として、半径二㎞圏内の水が全て消えていた。水の中を泳いでいた大量のモンスターが、道路の上をピチピチと跳ねる異様な光景。


 ついさっきまでここを流れていた水は、何処に消えたのか……。



 白猿は焦る。何故気付くのに遅れた?何故自分程の存在が感知に失敗した?


 そして悟った。


 ……その攻撃範囲が、余りにも馬鹿げていたからだ。


「ンゴォ‼︎」「ピァア‼︎」

「っ⁉︎」「うわっ⁉︎」「なんだ⁉︎」「うみちゃん⁉︎」――


 加藤に命令された二匹は、口から全力の水鉄砲を吐き出し、前方を走っていた人間を大学敷地外へ纏めて押し飛ばした。そして自身も全力で敷地内から飛び出す。


 一体何が?汚いドミノ倒しの様に重なった人間達が、後ろを振り返った。


 その時、――それは起こった。



 直径約五百m、面積にして約四万㎡の大学が、地面から飛び出した常識外のデカさを誇る鯨に、飲み込まれた。



 大学があった場所を大穴に変えた鯨は、太陽に向かって悠々と空を泳ぐ。

 陽光に照らされ幻想的に輝くその威容は、特区外から観測していた人間をも魅了した。

 遠くから見れば、揺蕩う海の様な静けさを持つ『白鯨』。


 しかしその内側では、呑み込んだ瓦礫が激流に流され渦を巻く、致死のハリケーンが起こっていた。


 そんな中で殺意をぶつけ合う、二人の生物。


 加藤は玉の汗を流し、溢れ出る鼻血を拭いながら激流を操作する。

 そんな彼が見据える先には、瓦礫と共に途轍もない速度でグルグルと回る白猿がいた。


「――ゴボボボぼッ、ガッ、ばゴボッ、ゲぁがッ、アガッ――」


 身体の自由が効かず、息も吸えない中で、四方八方から突撃してくる超巨大な瓦礫が白猿を打つ。

 逃げることも出来なければ、呪言を唱えることも出来ない。


 ――絶体絶命――


 白猿の頭の中で、焦りがグルグルと渦を巻く。

 しかし彼は、


「ギビっ、グビビっ、ビガババ!」


 それでも尚、笑った。


 かつてこれ程までに、自分と殺り合える者がいただろうか?


 否だ。


 国を造り始めてからの自分は、安全をとって強者との戦闘を極力避け、知識の習得と群れの拡大に時間を割いてきた。いつの日からか生の中に昂揚は無くなり、戦いは作業となっていた。


 白猿はギラついた瞳で、加藤を見据える。


 この男が、思い出させてくれた。

 命のやり取りが運ぶ、生の実感を。

 強奪、支配、蹂躙、自らが無意識に求める、本能の欲求を。


 あぁ、楽しい、楽しい、楽しい!


「ゲバばばば!」

「……化物が、っ」


 一瞬白猿が手を後ろに回したのを見て、加藤は水を操作して白猿の首からマントを引き千切った。


 彼の予想は正しい。あのマントには、白猿によって『袋』の性質が付与されていた。一瞬で印判を用意出来たのも、マントがあったが故である。


「グがっ」


 白猿は自らに直撃した校舎の一部を抱き止め、次いで水流に合わせて本気で投げ飛ばした。


 加藤を外れて明後日の方向に飛んでいく瓦礫は、鯨を抜けて地面へ落下していく。


 加藤が一瞬、その攻撃を目で追った。瞬きの内に、


「ッくそっ」


 白猿は再び瓦礫を掴み、自身の魔力で簡易呪言を刻んだ。


 与えられた呪いは、『空気』。


 白猿は瓦礫に顔を押し付け、目一杯空気を吸う。


 そして、


「『――――雷雲よ来たれ』」

「――ッ」


 局所的な黒雲が太陽を隠す中、加藤は最後の力を振り絞り、滅茶苦茶に白猿を振り回し、瓦礫を手放させようとする。


 しかし白猿はガッチリとホールドし、どれだけ激流に振り回されようと、どれだけ瓦礫に打たれようと、絶対にその手を離さなかった。


「『――――矛向く先は―――――――天泳ぐ幽玄の怪物』」


「……なんだよ、あれ」


 避難民の一人が、声を漏らした。


 見上げるそこには、『白鯨』を囲むように形成される、『白鯨』と同等のデカさを誇る五本の雷槍。


 白猿の唱に合わせ、その矛先が加藤に向いた。


「『――穿て――弾けろ――――神の怒りを、』」

「――ッ」


 加藤は全ての瓦礫を自身の周りに集め、即席のシェルターを作った。


 瞬間、


「『―――身に刻め』」


 バヂィッ‼︎という爆音と共に、『白鯨』の身体に雷槍が突き刺さる。


 雷撃を撒き散らしながら弾け飛ぶ槍に耐え切れず、『白鯨』諸共瓦礫の球が爆散した。


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