59話

 

「……まったくだぜ。……離しやがれっ、恥ずいわ」


「はいはい」


 お姫様のように抱かれる格好に毒島が切れ、東条を殴る。


 東条は握力でメスをグニグニと丸めた後、周囲を見渡して状況を確認する。

 その中に血塗れの朧を見つけ、近くに座った。


「無事か?」


「無事に見えます?」


「案外」


「……チッ」


 差し出した手を取り、朧が地べたに座る。


「……ちょっと顔寄せて下さい」


「え、キス?、……何で殴るの?」


「遅すぎるからです」


「悪かったよ。途中東京ドームで大量のゴリラに襲われてさ、時間食っちまった」


「言い訳はいりません」


「ごめんなさい」


 溜息を吐く朧に、素直に頭を下げる。


「……それで?何か言う事あるでしょう?」


 ジト目を向ける朧に、下げた頭をさらに下げて、地面に擦り付ける。


「ああ。コイツ等守ってくれて、本当に有難う」


 もし朧がいなければ、確実にこの六人は死んでいただろう。


 あの隻腕のゴリラは、朧よりも数段強い。そんな奴相手に、片腕切り飛ばす程追い縋ったんだ。


 ……本当に、


「……強くなったな。朧」


「……ふんっ」


 そっぽを向く朧に苦笑し、立ち上がる。


 横目に白衣を確認するも、警戒しているのか、此方を凝視しながら切り飛ばされた腕を拾って縫い付けている。

 攻撃してくる様子はない。


「えーっと、重傷者は手挙げて」


「「「「「「「――」」」」」」」


「全員ね。はいこれ、特別に一人一本ずつあげる」


 小型リュックから大量のマキロンと包帯を取り出し、配っていく。


 毒島は、貫通した肩と太腿の傷とマキロンを見比べ、額に青筋を立てた。


「お前のその消毒液への絶対的信頼はどこから来るんだよ⁉︎」


「おいおい、俺の経験上、そいつを傷口にかけときゃ次の日にゃ元通りだぜ?」


「普通の人間はそんな早く治らねぇんだよ‼︎「しみるっすっ!」お前等も真に受けるな!」


 やいのやいのと言い合っている中、突如として東条の漆黒がガバッ、と開き全員を球体の中に閉じ込めた。


 直後に全方位から襲いかかる、加速したメスの群れ。


(……今の俺の一番の課題は、ノエルに任せっきりだった索敵だからな。魔力感知ガンギマリの俺に、不意打ちが決まるわけねぇっての)


 球体の中で頭部と腕部、脚部のみに漆黒を纏い、他は全て七人のガードに回す。


 キョロキョロしたり触ったりする彼等へ振り返り、リュックを投げ渡した。


「んじゃちょっと戦ってくっから、こっから出ないようにな」


「あ、ああ」


「少しならお菓子とか入ってるから、勝手に食っていいぞ」


「お、おう。気いつけろよ」


「あいよ」


 一人漆黒を出ていく東条の背中を見ながら、毒島は渡されたリュックを漁る。


(……もうちょっと持ち運ぶ物選べよ)


 彼は呆れながらも、取り出したポテチの袋を開き、ジュースの栓を開けた。



 東条は漆黒の球体に刃を突き立てたまま浮遊するメスを警戒しながら、白衣の全身を取り巻く暴風に感嘆する。


(……成程ね。こいつ等は人質で、漆黒を俺の方に戻したら即串刺しにしますってか。

 俺の能力のヤバさに気づいてるな。それでいてあの風魔法の練度……強いなこりゃ)


 今まで殺してきたゴリラとは一線を画す強さ。


 飛ばされた腕を縫いつけ終わった白衣に、首を鳴らし、指を鳴らし、躊躇いなく近づいていく。


(『輪廻』)

「っ……」


 東条の周囲の魔素の変化に、腕の具合を確かめていた白衣がピク、と反応する。


 縮まる互いの距離、交差する瞳、滾る魔力。



 ――刹那、



「――ッ、ハハっ!」

「――ッ、ヲォア!」


 両者同時に地面を蹴り砕き接敵、拳をぶつけ余波を撒き散らした。


「んッ」

「――ヲ」


 左懐から迫るメスを蹴り上げ、腰を捻り半転、横蹴りを腹のド真ん中にぶちこむ。


 押し返せる。そう予測しカウンターを狙っていた白衣だが、遅々として、自分の見ている景色が後ろに流れていることに気づく。


「――ォッ⁉︎」


 押し飛ばされた⁉︎どんな攻撃も弾き返す、この鎧が⁉︎


 驚愕に目を見開き敵にピントを合わせようとするも、先の場所に奴はいない。


「ヲっ――」


 ――上――


「――ッぅラァッ‼︎」「ゴッ!」


 白衣は咄嗟に頭をガード。薄皮一枚の抵抗。


「ガハぁ⁉︎」


 東条の振り下ろした両拳は白衣の腕にめり込み、屋上の床を爆砕、八階から二階までその体躯を叩き落とした。


「固ぇな。力込めてやっとか」


 自らも瓦礫と一緒に落下する中、敵さんの想像以上の強度に少々驚く。

 さなか、


「ヲォオッ‼︎」

「っと」


 下方から超加速したメスが飛来。


 落下する瓦礫を足場に飛び回り、躱しながらも見上げる白衣の頭上を取る。


 逆様のまま瓦礫を粉砕、加速、メスを握り潰し、前宙、脚を振り上げた。


「フッ」「――っ」


 踵落としが躱され、床をぶち抜き土煙と砕けた骨が宙を舞う。


 躱しざまに殴り掛かる白衣の胸に蹴りを合わせ、後方に飛ぶと共に距離をとった。


「おいおい、何だよこれ?」


 悍ましい数の人骨、血だらけの分娩台、半壊した冷凍保管庫から垂れる肉片。


 東条は周囲に広がる光景に頭を掻く。


「お前悪趣味だな〜」

「ゥルァアッ‼︎」


 自身の研究室を滅茶苦茶にされ、怒髪天を突いた白衣が床を蹴り抜き殴り掛かる。


「悪かったってっ、そんな怒んなっ、よっ」


 空を切り裂く右拳を左手で内側に払い、顔面に迫る後ろ回し蹴りを屈んで躱し、回し蹴りを右手で強引に掴み、


「ゴ⁉︎」


 大きく肩を開き、コンクリの壁にぶっ叩きつけた。


「趣味はっ「ヲっ」、人それぞれだしなァっ「ァ」、俺はよっ「ッ」、他人の趣味は尊重する事にしてるんだっ「ゥルァッっ」、ハハっ、いい奴だろッ⁉︎」


 白衣を振り回し、

 人骨を撒き散らし、分娩台を破壊し、医療器具が綺麗に並べられたショーケースを粉々にし、反撃してきた白衣をぶん殴り、最後は冷凍庫に向かってぶん投げ人肉の雨を降らせた。


 他人の趣味を尊重するなどと宣っておきながら、白衣自身の鎧で、白衣の趣味を切り刻み破壊させる。


 正に外道すら唾棄する所業。

 そんな事をしておきながら腹を抱えて笑っているこの男は、間違いなく悪に傾いた生き物だろう。


「ヲォォオオッ‼︎」


 怒り狂った白衣は目を充血させ、地面を殴りながら超加速し殴りかかる。


 あまりの風圧に階が揺れ、地面が抉れ飛ぶ。


 しかし、


「そんな怒るなって」「っ、ッ‼︎」


 自ら近づいた東条は、突き出される左の剛拳を首をズラして躱しざま左手で掴み、


「短気な男は嫌われるぜ?」


 同時に白衣の胸に右足をあてがい、自分に向けられた全てのエネルギーを反転、前蹴りと共に放出した。


「ゥギョエぁッ⁉︎」


 メリメリメリッ、という音を聞きながら、白衣は感じた事のない痛みに血を吐く。


 絶対の自信を持っていた鎧など紙の様に貫き、強化すら無視し、強靭な肉体を我が物顔で蹂躙してくる。


 心底楽しそうな笑い声。見下してくる嘲笑。

 何なのだこの男は⁉︎何なのだこの生き物は⁉︎


 白衣は会ったことが無かった。自分以上に狂った、快楽主義者というものに。



 病院を縦に割り、巨大な風穴から外界の景色を見る東条は、引き千切った左腕を肩にかけ、白衣を求め外へと歩を進めた。

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