58話

 

 初めに朧が弾き飛ばした数本のメス。白衣はそれ等を風で操り、六人の影から忍ばせたのだ。


「バカ野郎が‼︎」


「……ヲファ」


 彼に走り寄る毒島を他所に、白衣は指を振る。


 途端、


「っ」


 朧に突き刺さったメスがドリルの様に旋回し、次の瞬間超加速して四肢を貫いた。


 朧は足から力が抜け、その場に倒れ伏してしまう。


 トドメだと言わんばかりに、白衣が八本のメスを投擲。


 しかし、


「ぬぉぉおおお‼︎っ」「いってぇッ」「あだぁッ‼︎」「ハズレくじィッ」


 全力で間に飛び込んだ六人が、その全てを身に受けた。


「はやく抜け‼︎死ぬぞグァっ」「ぅぐっ」

「グハっ」「ゴフっ、……ヤッベ、腹に穴空いた」


「止血急げ‼︎おい、意識保てよっ」


「あ、あぁ」


 自分を守るために躊躇いなく風穴を空けた人間を目に、朧はよろよろと立ち上がろうとする。


(……っ、どこに居んだよ、クソがっ)


 彼はずっと待っていた。ずっと合図を待っていた。


 もしまさが移動を始めたなら、何らかの合図をする筈だと確信していた。


 そろそろ電話をしてから八、九分位。合図があってもおかしくないのに、今だに何の音沙汰もない。


 焦りと期待に、沸々と怒りが湧いてくる。


 弟子が死にかけているというのに、助けにも来ないあいつはいったい何なのか?


 自分は間違った人間に師事を仰いでしまったのか?


 もう何でもいいから取り敢えずあの黒い顔面を殴りたい。


「朧、今のうちに「――と来いよ(ボソ)」……あ?」


 立ち上がった朧が、血を滴らせながらも白衣を睨む。



「さっさと来いよ。……クソ師匠が」



 人でなし。色ぼけ。バカ。それでも尚、朧はあの男を信じることにした。


 そしてその時、


「……は?」

「……ヲ?」

「……何だあれ?」



 数キロ先で巨大なトレントが天に打ち上がった。



 トレントは二度、三度と何度も打ち上がる。


 まるで誰かに、居場所を示すように。


 瞬間、朧は弾かれるように動いた。


「――ッ毒島‼︎今だ打ち上げろ‼︎」

「っああ‼︎お前等やるぞ‼︎」


 朧の意図をすぐに察した毒島一派は、リュックからチャッカマンとバカデカいロケット花火を取り出す。


 六人は朧が戦っている間に、持っていた分と渡された分、全てのロケット花火をガムテープで合体させ、導火線を一箇所に纏めていた。


 あとは着火するだけ。


 これでようやく、


「ヲァ!」

「な⁉」


 しかし着火しようとしたその時、

 見た事のない物体を警戒した白衣が、突風を起こし大空へと大ロケット花火を吹き飛ばしてしまった。


 朧とその他が絶望する中、毒島だけが必死にリュックを漁る。


 取り出したのは、ガソリンと野球ボール。


「大将、まさか」


 毒島はガソリンをボールにぶっかけ、着火する。


 次いで魔力で腕を全力強化し、ボールを引っ掴みピッチングポーズをとった。


 白衣がメスを十数本投擲。

 しかし朧が弾き、打ち漏らしを舎弟が身を挺して庇う。


「やっちまえ大っっテぇ‼︎」


 遥か頭上でクルクルと回る希望の星。


 毒島は目を見開き、大きく踏み込む。


「中学時代はッ、野球部エースッッ‼︎‼︎」


 嘗ての記憶を呼び起こし、燃える闘魂をぶん投げた。


 それを見た白衣は空を走り、命の灯火を打ち落とそうとする。


 しかし、


「邪魔すんじゃねぇッ‼︎」

「ヲ⁉︎」


 朧は残しておいた全魔力を雷薙に注ぎ、大雷刀を白衣目掛けて振り下ろした。


 ギャリリリリッッ‼︎‼︎


 と途轍もない音が鳴り響き、風と雷が火花を散らす。


 数秒の拮抗の後、


「――ウォラァッ‼︎」

「ゴァ⁉︎――」


 朧は腕と脚から血を吹き出しながらも、最後の力を振り絞り白衣を屋上に叩きつけた。


 そして同時に、大ロケット花火の導火線に火球がぶち当たり、勢い余って本体にめり込んだ。




 ――ダァァァアアアンッッ‼︎‼︎




 初春の晴天に、場違いながらも花が舞う。

 不格好で、泥臭くて、儚さなど微塵もない爆発の連続。

 しかし見上げる蒼穹に咲く炎は、どんな花火よりも美しかった。



 瞬間、遠方のビルの上階が爆砕。


 同時に毒島に向けてメスが放たれる。


 動ける者はもういない。庇える者はもういない。


(……あぁ)


 自身の心臓に向かって突き進む凶刃を目に、毒島は笑う。


(やり切ってやったぜ)


 彼の脳裏に最後に過ったのは、舎弟の皆と、クソみたいな世界で出会った、


 ……気の合う悪友だった。


 力強い突風が七人の背中を打ち、屋上に砂埃が舞う。


「……」


 目を閉じていた毒島は、来るはずの痛みが来ない事に疑問を感じ、瞼を持ち上げた。


 心臓の直前まで迫ったメスを掴む、黒腕。


 倒れた自分を抱き抱える、黒腕。


 白衣を真っ直ぐと見つめる、漆黒の相貌。



「待たせたな」



 自分の知る限り最強の生物が、そこに立っていた。

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