60話

 


 ――「エっグ」


 外には巻き込まれ千切れ飛んだ猿の死体が散乱し、白衣が吹っ飛んだ跡が五百m程先まで地面を抉っていた。


 自分は威力をそのまま返してあげただけ、全部アイツの自業自得である。


 おでこに手を翳し遠方を見ると、白衣が血を吐きながら立ち上がるのが確認できた。

 やはりあの程度では殺せなかったようだ。


 毒島達もなんだかんだ重傷だ。さっさと終わらせよう、と二階から飛び降りた直後、


「ゴァア‼︎「何だお前?」べ⁉︎」


 雷を纏ったゴリラの突進を、白衣の左腕ビンタで止める。


 よろけた頭を引っ掴み、地面で叩き潰した。


 その時病院を囲んでいた魔力も一緒に消え、東条は理解する。


「ああ、電話繋がんなかったのお前のせいか。死んで詫びろや」


 宣告通り死んで詫びたゴリラに悪態を吐いている途中、後ろから数本のメスが飛来、それらを見ずに躱す。


 振り返れば、左肩から血を吹き、胸を陥没させた白衣が鬼の形相で立っていた。


「おお、悪ぃな。せっかくくっつけたのに捥もいじまって」


「……」


「……」


 反応がないのをつまらなく思い、白衣の腕を投げ捨てる。


(……終わりだな)


 東条は地面を蹴り加速し、左腕の漆黒を右に移し倍化させる。



「……」


 白衣は怒りに支配されながらも、考えていた。


 ――どうすれば、この化物を殺せるのか。


 考えて、考えて、一つの策を編み出した。


 それは間違いなく成長であり、死を前にした者の土壇場の底力であった。



 白衣は初めて、他者に勝ちたいと思った。



「――っ」


 東条はそこで気づく。

 白衣が纏っていた暴風の鎧が、消えている。


 嫌な予感がするも、敵はすぐ目の前。拳を振り抜けば直撃する距離。


「――ッ(何も起こるなよ!)」


 何かをされる前に仕留める。思いっきり拳を振ろうとした、


 その時、


「――ぐッ、な⁉︎」


 漆黒を発動していない胴体部分が、ビタッ、とその場に縫いつけられた様に静止。

 一瞬の出来事に四肢が前に投げ出された。


 白衣は自身の守りを捨てる代わりに、東条が気を緩めた一瞬をついて風の壁で胴体部分をプレスしたのだ。


 マズイっ、そう思った時にはもう遅い。


 過去一の速度で接近した白衣は、既に東条の腹目掛けて、自身の腕をズタズタにする程の旋風を圧縮した拳を振り抜いていた。


「っ(漆黒をっ、間に合わッ⁉︎――


 反射すら置き去りにする、全力、最速、渾身の一撃。


 この時、この一瞬、只の獣は化物に勝利した。


「ヲァァアアアッッ‼︎‼︎」

「グッ⁉︎カハァッッ!」


 東条の腹に直撃した極限まで圧縮された風塊は、腹部周辺の服を消し飛ばし、体内を貫通、背後の地面と瓦礫を根こそぎ抉り吹き飛ばした。


「……」


「……ヲぉ」


 下を向いたまま動かない東条を見て、全魔力を使い果たした白衣は倒れないようにヨロヨロと地面を踏みしめる。


 胸中を駆け巡る、勝利の快感と感じた事のない悦楽。


 勝った。勝ったっ。勝ったッ!


「ヲォオオオっ!」


 白衣は晴天に向かって、自らの力を誇示した。



 満足いくまで叫び終わった後、白衣は東条をプレスしていた風の壁を解除した。


 この生物は自らの血肉としよう、そう考え近づき、


「……?」


 些細な違和感に気づく。



 何故この生物は死んでいるのに、まだ立っているんだ?



 死んだ生物からは力が抜け、以後死後硬直が起きる。


 何度も実験したから間違いはない。


「……ヲぁ、ぁ、ぁあ」


 そんな、だとしたら、この生物は、まだっ……。


 白衣が目を見開くと同時に、化物は下げていた首を擡げる。



「……クひっ、……ひひひ、」



 真っ黒で何の表情も浮かばなかったその顔には、ハッキリと、耳まで裂けた赤い口が不気味に笑っていた。


「あぁ!ゲホっ、痛ってぇ、痛っテェなおい!効いたぜ全くっ」


 笑う化物は腹を摩り、切れて血の滲む腹を労る。


「随分嬉しそうに吠えてたけど、もう良いのか?……ん?おい、おーい」


 放心する白衣の頬をペチペチとはたき、ダメだこりゃ、と溜息を吐く。


「……考えてたんだ」


 化物はグッパグッパと黒腕を動かし、そんな白衣に語り掛ける。


「そんで決めた。……お前は、俺の必殺技を受ける第一号に相応しい」


 黒拳を縦に構え、白衣の胸にそっと添え、左足を引く。


「必殺技に必要なのは、威力と、演出と、ロマンだと思うんだ」


 身体を開き、腰を少し落とし、左拳は腰の横に置く。


「……もし生きてたら、感想聞かしてくれや」


「……ヲ――


 白衣の瞳に最後に映った光景は、



「『雷貫らいかん』」



 心底楽しそうに自分を見る、死神の狂笑であった。



 カインッッ‼︎



 甲高く、綺麗な烈音が鳴り響くと同時に、青白い閃光が白衣の胸部を貫く。


 肉が溶け、骨が焼け落ち、大気中の水分が蒸発。大地が溶解し、トレントの林を赤い穴が穿った。


 力なく倒れる風穴の空いた白衣を見て、ポリポリと頬をかく。


「……ちょっと込め過ぎたな」


 東条の四肢が纏う漆黒のエネルギーを、全て圧縮、『変換』し、放出した結果。


 痕に残ったのは、直線五百mに渡り、ガラス状に液化して蒸気を上げる、雷砲の通り道。



 東条はノエルに言われたあの日からずっと、このcellを深め続けてきた。


 そして遂に身につけた、『吸収』『放出』に加えた第三の能力、『変換』。


 東条のcellは、重量だろうが魔法だろうが熱だろうが電気だろうが、取り込んだものを純粋なエネルギーとして保管する。


 その時点で一度変換が起きているのだから、取り出す時も任意の選択が可能なのではないか?というのがノエルの持論であった。


 そしてその理屈は当たっていた。

 というか気づいていないだけで、彼女に言われる前から、東条自身無意識に変換を使っていたのだ。


 思い出してみてほしい。

 彼がまだノエルと出会う前、仲間を失い、日々を無気力に過ごしていた頃。


 彼の装いは、到底真冬を乗り切れる様なものではなかった。

 漆黒の下は全裸の時さえ多々あった。そんな状態にも関わらず、屋上の木の下で居眠りしていたのだ。


 この時から東条は、漆黒に貯蓄したエネルギーを熱エネルギーに変換し、無意識に自身の快適な温度を作り出していたのだ。


 故に、訓練は比較的早いペースで進んだ。


 初めは思う通りに制御ができず、自身の頭を虹色に光らせてノエルに爆笑されたり、

 その状態から戻らなくなり三日間昼夜問わずモンスターに襲われまくったり、

 触れた物を全部燃やし、溶かすようになってしまい、漆黒の解除を余儀なくされたりなど、ハプニングはまぁあった。


 しかし今では、頭部に顔文字を浮かべ、表情を作ることすら可能となっている。

 圧倒的成長である。


 白衣に見せた耳まで裂けた赤い笑顔も、顔文字の要領で作った擬似笑顔だ。


『雷貫』も、途轍もない放電に指向性を持たせただけ、という単純なものではあるのだが、文字通り敵を一撃で沈めたのだから必殺技には違いない。



 今日をもって、東条の武器には色が乘り、味が付いた。


 属性魔法を使えない化物が、似て非なる力を手に入れた瞬間であった。


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