53話

 


 ――「……何だ?」


 朧は遠方に立ち登る煙に違和感を覚える。


 高層建築物の屋上を飛び回りながら毒島一行を探していた彼は、突然上がった煙に足を止めていた。


 このご時世、建物から火の手が上がるなんて事は日常茶飯事だが、その登り方がどうにも不自然。


 高所から、一箇所だけ、火事にしては細い煙が四本。明らかに人為的。


「居てくれよっ」


 朧は傾いたマンションを滑り降り、煙に向かって地を駆けた。




 ――「――っ(何だあれ?)」


 数分走り、辿り着いたのは大学病院。その周りを何十匹もの猿が囲んでいる。


(殺すか?……いや、わざわざ面倒ごと起こす必要はないか)


 姿だけ消そうとし、数匹ゴリラが混ざっているのを見て技を切り替える。


(……ペルフェクシオン)


 存在を透明にした朧は、悠々と猿の隣を通り病院へと入って行った。


「……」


 ロータリーや廊下にぶち撒けられた、凄惨な血飛沫の跡。しかし死体は一つも転がっていない。


 朧は一階を過ぎ、階段を上り二階へと足を踏み入れる。


 すると、


(……風?――っ)


 頬を撫でる、微弱な風。同時に感じる、圧迫感。


 彼は唾を飲み込み、その存在へ向けて歩みを進めた。


 ある一室の前で止まり、壁に背中を着け中を覗き見て……、


「――ッ⁉︎」


 絶句した。


 元は薬剤保管室か何かだったのだろう。だが今、その面影は一片も残っていない。


 床に滴る、大量の血液。

 その上に転がる、綺麗に肉を削がれた幾百人もの白骨。

 そして、何処かから持ってきた五つ寝台の上に寝かされた、五人の


 朧は余りの悍ましさに、その、、から一度目を逸らした。


 なぜなら、彼等は総じて皮膚を剥ぎ取られていた。目をくり抜かれている者。四肢を切り取られている者。腹を割られている者。必要な臓器が抜き取られている者。

 中には痙攣を続けている身体もある。


 彼等は、ここで、生きたまま肉を削がれたのだ。


 朧は深呼吸し、もう一度視線を戻す。そしてしっかりと見定める。


 この惨劇を作り出した、嬉々としてメスを振るう白衣のゴリラを。


「ぅルルルル」


 白衣は人体から臓器を切り取り、見比べ、また別の部位を切っては見比べる。


 研究者の真似事でもしているのか。しかしそんな白衣がとった次の行動に、朧は今度こそ息を呑んだ。


 切り取った肉をジップロックに詰めた白衣は、大型冷凍保管庫へと歩いていき扉を開く。


 その中にズラリと並んでいたのは、数百袋の小分けにされた人肉であった。


(あれが、全部、……)


 朧は悟る。この場所は只の狩場などではない。

 人間の長期保存を目的とした実験施設だ。


 彼は部屋に背をむけ、足早にその場を去る。


 もしここに毒島が飛ばされてきてたとしたら、生存は絶望に等しい。何より、


(あのゴリラ、ヤバすぎる)


 まず間違いなく、自分より格上だ。

 今まで殺してきたゴリラとは明らかに違う。魔力、知能、どれをとっても常軌を逸している。


 取り敢えず、早く狼煙を上げた人間を見つけなくては。そう考え、朧は足音を立てず、三階へと進んで行った。




「……」


 血の滴る音だけが響く、冷たい明かりに照らされる室内。


 彼が走り去った方角を、白衣はジッと見つめていた。

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