52話
「剛毅、どうする?(ボソ)」
「勝てねぇぞあんな化物 (ボソ)」
「分かってるっ、黙ってろ(ボソ)」
毒島は携帯を取り出し、東条の番号に掛けようとする。
しかし、
「クソっ、何で電波飛んでねぇんだよっ(ボソ)」
大都会であるはずのこの場所から電話が繋がらず、苛立ちを募らせる。
実はこの場所を仕切っている白衣の将軍は、事前に部下の一匹に命令し、周囲に微弱な電磁バリアを張り巡らせていた。
人間の持つ携帯という利器を理解し、使用不可能にする技術と知識が、奴にはあるのだ。
毒島は早鐘を打つ鼓動を耳に頭を回す。
最も優先すべきは東条との合流。その為に必要なのは……現在地の把握と、目印。
(……目指すは屋上だな)
彼は近くの館内表に目を向ける。今いるのは三階、屋上は八階にある。
「おい、声のした方向と、確認できたゴリラの位置メモってるな?(ボソ)」
「あぁ。言われた通り書いた(ボソ)」
毒島は舎弟から渡されるメモを受け取る。
(……鬼ごっこが始まってから、虐殺が終わって数分。
静かん中で殺された人間の叫び声が聞こえたのは、一階時点の左奥。三階時点の右側。さっきの声は小さくくぐもって、若干下方から聞こえてきた。
多分襲われた場所は二階の右だな。
んで逃げた奴を追っかけて俺らより上に行ったのが、二匹。
プラス一がランダムエンカウントってわけだ)
毒島はリュックを背負い直し、通路に顔を出す。
「今から屋上に向かって狼煙を上げる(ボソ)」
「カオナシ呼ぶのか(ボソ)」
「あぁ。一か八か、賭けだな。……来るか?」
「当然」「おうよ」「うっす」「あぁ」「勿論」
頷きあった六人は毒島を先頭に、一斉に部屋から飛び出し左に向かって駆け出した。
足音に細心の注意を払いながらも、階段を一気に駆け上る。
――三階――四階――五階――
「――っ止まれ!(ボソ)」
六階に顔を出そうとした毒島が急ブレーキをかける。
緊張が走り、後続が一斉にその足と息を止めた。
毒島は壁に背をつけ、奥を覗き見る。
「ゴァア」
「ひっ、や、やべぶ――」
見つかった人間が一人、叩き潰された。ゴリラはその場に座り、休憩がてらバリバリと食べだす。
「ふぅぅ(ボソ)」
一行は一度五階まで下り、緊張の息を吐き出す。
「あれじゃ通れねぇぞ(ボソ)」
「どうするよ(ボソ)」
皆が話し合う中、毒島がゴソゴソとリュックを漁り、ある物を取り出した。
それは家電量販店でよく見る、『爆音、最強』というシールが貼られた目覚まし時計であった。
「俺がこいつを反対側の階段に仕掛けてくる。鳴った瞬間、一気に屋上まで行くぞ(ボソ)」
「何でそんなもん持ってんだよ?(ボソ)」
「いつか使えそうなもん色々入れてんだよ(ボソ)」
リュックをタップする毒島に、流石は大将だ、と五人は感心した。
だが、と一人が目覚まし時計を奪い取る。
「っ何すんだ!(ボソ)」
「こういうのはあんたがやるべきじゃない。俺が行く(ボソ)」
「あ?(ボソ)」
「後にも先にも、俺達に一番必要なのはお前だ。失敗するかもしれない場所に頭を行かせられるわけねぇだろ(ボソ)」
毒島の額に青筋が浮かぶ。
「口答えすんな。俺が行く。寄越せ、……あ?(ボソ)」
奪い取ろうとする毒島の前に、他の四人が立ち塞がる。
「合理的に考えようぜ、大将ボソ」
「時間が惜しい(ボソ)」
毒島はいつになく反抗的な舎弟に苛立ちが込み上げるが、それが自分の為であると分かっているせいで前に出れない。
「チッ(ボソ)」
根負けした彼は最後に五人を睨みつけ、そっぽを向いた。
「ここ出たら覚えとけよ(ボソ)」
「へいへい。出れたらな(ボソ)」
五人はジャンケンをし、勝った一人が目覚まし時計を持つ。
勝った彼は慎重に反対の階段へと走っていった。
残ったメンバーは時計監視役を一人残し、階段を上る。
六階のゴリラを警戒しつつ、仲間の帰りを待つ。
三分後、目覚まし時計を設置した彼が帰還した。
時計監視役の彼と拳を合わせ、六階に上り他四人と拳を合わせる。
「「「「「「……」」」」」」
そして一分後、院内に爆音で金属音が響いた。
各階のゴリラが首をもたげ、音に向かって走り出す。
五階に集まって来る重い足音を聞きながら、五人は時計監視役の合図を待ち、時計監視役は冷や汗を流しながらその時を待つ。
そして数秒、
「――っ(今だ!)」
監視役はゴリラの毛の先が見えた瞬間、首を引っ込め合図した。同時に六人が一斉に駆け出す。
――六階――七階――
(鍵は、あいてる!)」
毒島は屋上のドアを開け、仲間を入れた後慎重に、素早く閉め鍵を掛けた。
「ぶはっ、はぁ、はぁ」
「スリルヤベェっ、はぁ」
「はぁ、はぁ、死ぬかと思った」
舎弟達は広がる屋上庭園に大の字に倒れ、久方ぶりに感じられる開放感に大きく息を吐く中、
毒島はそんな彼等を放って、病院を囲む猿達に気取られない程度に屋上の縁へ寄り周囲を見回した。
「(あれは皇居、あっちには国会議事堂……ここら辺にデカい病院なんて一つしかねぇ。虎ノ門大学病院)……かなり飛ばされたな」
他者の転移などという反則級の能力に、彼は舌打ちする。
ただ唯一の救いは、飛ばされた場所が特区南部寄りだった事だろう。
もし北部に飛ばされていれば、脱出できたとして他のモンスターに食われるのがオチだ。
毒島はリュックを漁り、チャッカマンと酸素缶を取り出す。
「おい、お前らも手伝え」
「おっと。何で俺等だけマッチなんだよ」
「うるせぇ、黙って庭園に火ぃ放て。燃やすもんがあって助かったぜ」
毒島の命令を皮切りにして、六人は落ち葉や枯れ枝など燃やしやすい物を火種に、庭園に躊躇なく放火を始めた。
次第にモクモクと天に登って行く数本の灰煙。
ある程度の大きさの焚火出来上がった後、毒島は酸素缶を火種に投げ入れ、リュックを持って踵を返した。
「剛毅、ここで助け待つんじゃないのか?」
「バカか、この煙下の猿供には丸見えだろ。報告されたら五匹全部ここにくるぞ」
「そりゃヤベェな」
五人がそそくさとドアを潜る。
「でもそしたら、あの煙すぐに消されちまうんじゃ?(ボソ)」
「当たり前だろ。狼煙はすぐに消される。去り際奴らに見つかるかも知らん。だから賭けだって言ったろ(ボソ)」
毒島は緊張する顔に、無理矢理笑顔を貼り付けた。
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