38話

 


「……大丈夫かい?」


「ぅ、うん」


「そうかい。じゃあ下がってな」


 此方を睨んでくる四匹から、庇う様に子供を後ろのトレントへ追いやる。


「……あーあ、どうしようかね」


 見れば見る程痛感する、圧倒的な程の実力差。

 勝てる確率など、億分の一もない。


 しかし、


「……ハハハっ」


 馬場の心は、とても晴れやかだった。


 あの時の彼に追い付けた様な、あの時の彼の隣に立てている様な、そんな充足感を感じていた。


(……すまないね。あんた達を助けるのは、私にはできそうもない)


 彼女は子供達へ向け、心の中で謝る。


 きっと、いや、必ず、彼等は殺される。


 自分が出てきた事に、意味なんてないのかもしれない。


 それでも。


 馬場は片足を半歩引き、両腕を曲げ、顔の前で構える。



「……私が死なない内は、殺させない」



「ゴルォオッ‼」


 馬場は全魔力を脚に集中させ、大地を蹴り抜く。


 迫る大振りを滑る様に躱し、


「――ッ」

「ゴっア⁉」


 ゴリラの脛に渾身のローキックをぶち込んだ。


 守りを完全に捨てた彼女が繰り出す足技は、格上の魔力装甲すら貫く。


 メキィ、と音を立ててゴリラの脛がへし折れた。


「――っ」


 同時に、自身の脛からもピシ、と嫌な音が鳴る。


 だが、馬場は痛みを噛み殺し、その罅の入った足で踏み込む。


 バランスを崩すゴリラを、股下から思いっ切り蹴り上げた。


「ぉパギョっ⁉っっっ」


 何かが潰れた音と共に、ゴリラが蹲って痙攣する。


 性別があってよかった。そう安心しながら一旦バックステップで退避する彼女だが、


「ゥルァッ‼」

「――ッくぅっ」


 一瞬で接近したゴリラの張り手を左半身に食らい、軽々と吹っ飛ばされた。


「――カハっ!」


 背中からトレントにぶつかり、血を吐いてずり落ちる。


「…………ケふっ」


 咄嗟に頭は左腕でガードしたが、……左側の視界がない。


(……潰れたか。……腕は)


 次いでピクリとも動かない左腕に目を向けると、


「……ははっ、ぇほっ」


 そこには、骨も肉も関係なくプレスされた、干物の様になった腕、だった物がぶら下がっていた。


 身体強化をせずに、身体強化を受け止めた代償。


 そもそもが圧倒的格上、これだけで済んだのが奇跡とさえ言える。


 敵三匹は玉を潰されたゴリラを笑っている。


 随分と此方を舐め腐ってくれているようだ。

 これならあと一矢くらいは報いることが出来るかもしれない。


 馬場はふらつきながらも、トレントに体重を預け立ち上がる。


 彼女を張り手で突き飛ばしたゴリラが、立ち上がる馬場に気付く。


 まだ生きていたのか、そんな足取りで彼女へと歩みを進める。


「……ふぅ、ふぅ」


「ホっホっ」


 恐らくこれが最後になる。馬場は理解していた。


 その最後に、自分を見下し、下卑た笑みを浮かべているこのクソ猿の鼻っ面をへし折れるなら、



「ここで死ぬのも、悪くない」



 彼女の脚に、正真正銘最後の一滴まで絞り尽くした魔力が迸る。


 瞬間、


「ゴルォアッ!」

「――ッ」


 ゴリラのストレートパンチを跳躍して躱し、空中で身体を前に倒しトレントに足をつける。


「――ッ食っらえヤァアッ‼」


 幹を蹴り砕き驀進。超至近距離から、ゴリラの左目に膝蹴りをぶち込んだ。


 完全に舐めていたゴリラは反応できない。

 自身の目が潰され、顔面の骨が陥没する感覚を刹那で味わう。そして遅れてくる、痛み。


「――ッゴアアアアァァァアっっ」


 凹んだ顔面を押さえ、のたうち回るゴリラ。


 馬場はそんな光景を霞む視界で見下ろし、子気味良く笑った。


「……ははっ、ざまぁね――ッグぷっ……あ?……」


 しかし突然、腹に途轍もない衝撃が走り身体が後ろに吹っ飛んだ。


 再びトレントに背中を打ち、そこで止まる。


 徐々に熱を持つ、腹部。


 視線を下ろすと、そこには、トレントに自分を縫い付ける、土の大槍が深々と突き刺さっていた。

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