37話

 


「……へ?」


 衝撃にふっとぶ隊員達は、宙を舞いながら新たに現れた脅威を視界に入れる。


 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。命からがら逃げきった先に待つものが、こんな未来であっていいはずがない。


「ぶぐっ――」


「ぼぇっ――」


「やめっ――」


「――っふざけん「ゴァ」ビュっ――」


 戦意をボロボロに崩された隊員達を、ゴリラはゴミを掃除するかの如く殺していく。


 隊長はそんな光景を見ながら、報われない絶望に放心する。


「やめ、てくれ。もうっ、やめてく「ゴルァアッ」――」


 そんな彼の最後も、実にあっけないものであった。


 忌々しい隊長を地面に叩きつけ殺したゴリラは、未だ目を抑える猿達を蹴り飛ばしながら三匹と合流する。


「ホァっホァっ」

「ゴルァ!」


 人間相手にしくじった事を笑うゴリラに、怒るゴリラ。


 四匹のゴリラが和気藹々と喧嘩する。そんな光景を、額から血を流す馬場はハンドルに寄りかかり、霞む視界で見ていた。


「……ぅ、く……」


 頭に響く、子供達の泣き叫ぶ声。


 頭に響く、ゴリラ共の笑い声。


(……他の車、は?)


 首を回して横を見るも、隣を走っていた車は運転席ごと踏み抜かれている。


 割れたフロントガラスに飛び散る血痕が、その者の末路だ。


 外から響いていた叫び声も、もう聞こえない。自衛隊は全滅したのだろうか。


 頭に響く、ゴリラ共の笑い声。


「……っ」


 彼女の身体が、ガタガタと震えだす。


 意志とは関係なく、どんどん強くなる震え。


 馬場は自身を抱きしめ、湧き上がる暗い感情を必死に抑えようとする。



 死への恐怖。



 それは抑えようとして、どうこうできるものではない。人がこの世に存在する限り共にあり続け、そして常に心の隙間を探している。


 抗えない衝動。逃げられない宿命。


(っ怖い、怖い、死にたくないっ……)


 死を知覚した人間の行動は、主に二つに分けられる。


 一つは、何も出来ぬまま、何もしようとせぬまま、そのまま暗闇に呑まれる者。


 もう一つは、


「キャぁあッ!やだ、やだぁっ」

「っ⁉」


 突如響く叫び声に、馬場の肩が跳ねる。


 見れば隣の荷台から子供が一人引き摺り出され、摘み上げられていた。


 泣き叫ぶ子供。大口を開けるモンスター。


「……っ」


 馬場の脳裏で、過去のトラウマがフラッシュバックする。


 大切なあの人も、最後はあんな風に一口で消えてしまった。


 自分を守るために、小さな身体で、非力な力で、モンスターの前に飛び出していってしまった。


 あの時、自分は何を思った?

 あの時、自分は何を考えた?


 恐怖か?悲しみか?……違う、自分への怒りだ。


 何もできなかった、自分への、底知れぬ怒りだ。


 ちっぽけで、非力だった私を、彼は、大きな背中で庇い、力強く守ってくれた。


「――っ」


 今目の前で食われようとしてるのは、あの頃の自分だ。


 今ここにいるのは、あの頃の彼だ。


 彼ならどうする?自分ならどうする?



 今の私は、どっちだ?



「――ッ」


 馬場は強化を纏い、ドアを押し開き飛び出した。


 死を知覚した人間の行動は、主に二つに分けられる。


 一つは、何も出来ぬまま、何もしようとせぬまま、そのまま暗闇に呑まれる者。


 もう一つは、――


「ルアッ」

「――っ」


 彼女は振り下ろされる拳を、前方に跳んで躱す。再度跳躍し、



 ――命を賭し、光へと手を伸ばす者だ。



 ゴリラから子供を奪い取った。

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