36話

 


 四方八方で行われる、血みどろの肉弾戦。


 殴って、切り裂いて、殴って、殴って、殴り返されて、切り裂く。蹴り飛ばし、殴り飛ばし、殴られ、蹴られ、殴り返し、蹴り潰し、叩き落とし、切り裂き、踏み潰し、殴られ、殴られ、殴られ、殴り飛ばす。


 一人、また一人と血の中に沈んでいくが、すぐさま隣の隊員がズレて穴を埋める。


 味方は刻一刻と少なくなっていくと言うのに、殺せども、殺せども、猿の数は増えるばかり。


 最早これまでか、そう誰もが感じた。その時、


「――っ」


 猿の頭を握り潰す隊長は、視界を埋め尽くす猿共の中に一本の道を見た。


 遊び半分で飛び掛かってくるバカ猿が開けた、唯一の穴。トレントも少なく、車でも容易に通れる程の道路。


「――っ光魔法用意ッ‼続けェッ」


 地面を蹴り砕き爆走する隊長を追い、装甲車がエンジンを轟かせる。


「邪魔っダァ!」

「ギゲっ」

「ボぐっ」

「アぐっ」

「ボえっ」


 捨て身の突進で包囲網を突き抜ける彼を、止められる猿など一匹としていない。


 どれ程傷を負い血を吐いても、その力は増すばかり。

 死を覚悟した人間を、甘く見てはいけないのだ。


「あと、少、しィっ⁉」


 しかしそれは、……相手が只の猿だった場合の話。


 隊長は突如降ってきたゴリラに無理矢理進行を止められ、次いで、全身をがっしりと鷲掴みにされ持ち上げられた。


「ゥゴルルルっ」

「カっハっ」


「「「――っ」」」


 隊員は絶体絶命の状況に息を呑み、運転手はブレーキを踏もうとする。


 だが、


「――ッ今だァア‼やれェッ‼」


「ゴア⁉」


 隊長は自分を掴む太い指をへし折り、辛うじて出した右腕でゴリラの顔面を思いっ切りぶん殴った。


 よろめくゴリラを見た隊員が、全力で光魔法を発動させる。


「皆目ぇ閉じろォ‼」


 発光。


 一瞬ではあったが、周囲は肌を刺す程の白い光に包まれた。


 直視した猿とゴリラから視界が奪われる。


「進めぇええっ‼」


 三台の装甲車がフルスロットルでタイヤを回す。


 生き残った隊員は外装に捕まり、脱出を試みた。


 その際、隊員達は掴まれたままの隊長の横を通り過ぎていく。


「――っ」


 隊員達は悔しさに唇を噛む。


 これから死を待つだけの隊長は、されど笑っていた。


 自分達を助ける為に命をなげうったこの男は、心底清々しい顔で笑っていた。


 安全地帯に帰った暁には、必ずこの英雄を讃え、弔おう。


 包囲網からの脱出を成功させた皆が、心の中でそう誓う。


 特区の端で生まれた小さな英雄譚は、こうして幕を閉じた。








 ……なんてハッピーエンドだったら、どんなに良かったか。








 遠方から跳躍してきた三匹のゴリラが、装甲車のフロントに着地し轟音を上げ踏み潰した。

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