34話

 

 カラクリは単純。土魔法で大剣の長さを変えただけだ。


 結果は胸に掠った程度。

 それでも胸付近の服は消し飛び、彦根は余波で吹っ飛んだ。


「っ、ゴほっ、くっ」


 地面を跳ねるも綺麗に受け身をとり、すぐに起き上がり次の攻撃に備える。


 しかし将軍はぐったりとしたまま、その場から動いていなかった。


「……やってくれたね。油断してたよ」


 血が滲む胸を摩り苦笑する彦根だったが、

 次の瞬間、彼の顏がみるみる焦りの色に染まっていく。


 胸を摩る手が、何かを探る様に忙しなく動き回る。


「ペンダント、ペンダントが無いっ。どこ、おばあちゃんっ、どこ⁉」


 焦り首を振って周囲を探す彦根は、近くに光る何かが落ちているのを見つける。


 そして大切な物を守る幼子の様に、迷わず飛びついた。


 彼が拾い上げたそれは、綺麗な硝子で作られた小さな鳩のペンダント。


「あぁ、良かった、傷ついてない。ごめんおばあちゃんっ、もう目を離したりしないから、ごめんね」


 ひたすら謝る彦根に、いつもの面影など微塵もない。


 その姿はまるで正しく、感情の抑え方を知らない只の子供であった。



 ――「…………」


 謝り続け数分。落ち着いたのか、彦根はペンダントを付け直し将軍に向き直る。


「何で待ってたのか知らないけど、礼は言わないよ」


「……ゥルル」


 実際の所将軍はもう動ける身体ではなく、ゴリラは将軍の指示無くして動けないだけなのだが。


 彦根は自身の頭をガシガシと掻く。


「はぁ、やっぱり付き合うべきじゃなかったよ。君が一人で来るから、僕も調子に乗っちゃったんだ。反省だね」


 彦根は地面に両手の指をつき、今まで仕込み、練り上げていたcellを呼び起こす。


「一からガラスを作るの、結構しんどいんだよね」


 そう言い手を上げる彼の指からは、数十mはあるピアノ線の様な糸が伸びていた。


 地面から起き上がり宙を漂う十本の糸は、太陽の光を受けキラキラと虹色に輝く。


 彼が執拗に地面をタップしていたのは、ガラスの元になる材料を探し出し、自身のcellで結合する為であった。


「……人を傷つけたこと。僕を、僕達を傷つけたこと。命を以て償うといい」


 ヒィィィィン


 という、冷たくも美しい音色が辺りに響き出す。


 それは鋭利なガラス線が超高速で振動し、空気を切り裂く音だ。


 周囲のゴリラはこの時になってようやく理解する。


 自分達は既に負けている事を。このまま立ち止まっていては、


 ……必ず死ぬという事を。


「ッゴゥっ」「ゴァっ」「――っホッ」「――っ」――


 ゴリラ達が一斉に背を向けて逃げ出す。


 ――彦根は両手を頭上で大きくクロスする。

 ガラス線が弛み、互いにぶつかり火花を散らす。


 将軍は天を見つめ、ただ、ただ、光が躍る美しさに見惚れていた。



「『糸繰いとくり太刀たち叢雨むらさめ』」



 ――左右に思いっ切り振り下ろす。


 瞬間、


 景色がズレた。


 生物、非生物問わず、斜線上の全てが五等分され、ずり落ちる。


 「ゴッ?」


 冷たい音色が聞こえた時には、もう手遅れ。

 彼等の視界は二つに分かれ、胴体と腰、脚が個別のブロックと化した。




 開けた空間に一人立つ、彦根。


「……はぁ、」


 ガラス線が降らせる血の霧雨を浴びながら、満足気な溜息を吐く。


 そんな彦根の顔には、復讐に快感を得る者が浮かべる、真っ黒な程清々しい笑顔が張り付いていた。



 §



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