33話

 


「ゴァア?」「ゴリゴリ!」


「ゴグルアァッ‼」


「「「――っ……」」」


 止めようとするゴリラ達が、将軍ゴリラの一喝で委縮する。


「……デカいねぇ」


 彦根は自分の前で止まる将軍を見上げる。


 体高は五m弱か、自分の三倍はある。


 黒みが強い赤い体毛の下には、どうしたらそこまで大きくなるのか不思議な程の筋肉が脈動している。


 そしてその丸太の様な巨腕が右に掴むのは、長大な土槍。左に掴むのは、重厚な土大剣。


 防御など一切考えていない、能力値を攻撃力に全部りしたような頭の悪い装備。しかしその威圧感は、並のモンスターとは一線を画す。


 彦根は総毛だった。


「……一対一とは、随分武士然としているね」


 一度しゃがみ、地面を手で叩く。


「フシュゥゥ~」


「ぅん~~はぁ」


 立ち上がり、伸びを一つ。



「……じゃ、殺ろうか」



 その一言で、開戦の幕が切って落とされた。


 超速で突き出される槍を、踏み込み首をずらしすんでで躱す。

 ナイフを右下から切り上げ……、ようとするが左から迫る大剣の横薙ぎを、刃と平行にジャンプし華麗に躱した。


「――ルォッ」

「っと」


 着地と同時に足を引き、地面を抉った穂先を踏みつける。


「ゴっ、アっ⁉」


 将軍は無理矢理彦根ごと持ち上げようとするが、地面に刺さったままビクともしない。


「力は僕の方が上みたいだね」


「ブッルァアッ‼」


「ふンッ」


 そのまま槍をへし折り、振り下ろされる大剣を潜って躱す。

 ナイフを右手から左手に投げ、躱しざまに左脇腹を切り裂いた。


 地面が爆砕するのに合わせ、将軍の脇腹から血が噴き出す。


 しかし、


「……堅った」


 彦根は手元でナイフを遊びながら、その手応えの無さに顔を顰めた。


 対する将軍も、何事もなかったかのように振り向き、筋肉の圧迫で傷口を止血してしまう。


「ゴルっ」


 壊れた槍を地面に突き立てた将軍は、魔力を流し数秒後、引き抜く。

 するとその手には、傷など一つもない新品同様の槍が握られていた。


「厄介」


 無駄に固い上に壊しても蘇る。これだから土魔法は嫌なのだ。


 一度しゃがんで地面を叩いてから、ナイフを右手に投げ渡し、ファイティングポーズをとる。


「ゴフルルル」


 将軍も半身になり腰を落とし、槍を肩に担ぎ、大剣の切先を彦根に向けた。




 ――数秒の間、




「――シッ」「――フゥッ」



 双方同時に地面を蹴り抜いた。


 脳天目掛けて振り下ろされる槍にナイフを斜めに添え、飛び散る火花を横目に絶妙な力加減でずらす。

 右斜め上から迫る大剣を、右に軽くステップすることでやり過ごした。


 そうして目の前に現れる、将軍のガラ空きの左半身。


「――シィッ」

「ゴっ」


 先程つけた傷口を再度深く抉り、返す刃で膝裏を切り裂く。


「ルアッ⁉」


 将軍が振るった大剣は、膝に力が入らなくなったせいで狙いが外れ地面に激突する。


 その一瞬で背面に回り込んだ彦根は、横薙ぎの槍を上体を逸らした膝スライディングで躱し――途中ナイフを左手に投げ渡し、槍が頭上を通りすぎる瞬間将軍の右手指を全て切り飛ばした。


「――ッゴォアァアッ」


 吹っ飛んだ槍が観戦していたゴリラの顔面に突き刺さる。


 将軍は痛みに叫び暴れまくる。

 大地が陥没し、トレントが吹き飛び、砂礫が舞う中、しかし彦根は将軍から一m以上離れようとしなかった。


 血を噴く右拳が頬を掠り肉が削げようと、大剣が肌を擦り肉が裂けようと、隙を見ては地面をタッチしながらも、決して離れようとしなかった。


 彼は分かっているのだ。体格で圧倒的に劣る自分がこのリーチを手放せば、相手に隙を作るのが難しくなる。

 ましてや将軍は頭が良い。次一度離れてしまえば、恐らく容易には近づけなくなる。


 ここで決めるのが、最善手。


 右のパンチを潜って躱し、回転し右アキレス腱を切断。

 左手にナイフを投げ渡し、股下を通過と同時に左アキレス腱を切断。

 軽くジャンプし、横薙ぎの大剣を足場に再度ジャンプ。将軍の膝が地面に付いた瞬間、前宙し踵落としで顔面を叩き落とした。


 着地、からの地面にめり込んだ顔面を今度は蹴り上げる。


 白目を剥き血を吐く将軍。

 ようやく眼前に来た胴体。

 ナイフをくるりと逆手に持ち、心臓に突き刺す。


 しかし強靭な身体強化と筋肉に阻まれ、届かない。


「ゴッ、ア、ガッ、ァア!ガっ」


 突き刺したナイフをそのまま左下にずらし、肉を引き裂く。


 将軍が右腕を振り被るが、ナイフをくるりと回し、上方に振り抜き右脇の靭帯を切断。


 右下に振り下ろし肉を裂く。


 右手にナイフを持ち替え首を刈るが、薄皮しか切れず。


 くるりと逆手に持ち、


「――ッ――ッ――ッ――ッ――」


 心臓を刺す。刺す。刺す。刺す。刺す。刺す。――


「あぁもうかったいなっ!」


 あと少しだと言うのに、魔力で抵抗されトドメがさせない。


「ゴッふっ……」


 苛立つ彦根とは反対に、将軍は悟っていた。


 本気でぶつかってから、僅か十秒足らず。

 小さな身体と速さ、技術に翻弄され、手も足も出なかった。


 自分はこの人間には勝てない。


 今にも貫かれそうな核を前に、理解する。


 ……しかし、しかしだ。このまま諦めることを、己の矜持が許さない。我らが王が許さない。


 将軍は残り少ない魔力を左腕に総動員し、最後の一撃に全てを懸けた。

 彦根も変化に気付きふ、と顔を上げる。


「ォオオオオオオッッ‼」


 莫大な魔力を纏った大剣が、真横に振り抜かれた。

 その剛剣は初速から音を越え、空気が破裂。通過した地面が抉れ跳ぶ。


 正に神速。防御不能。


「――っぶな」


 しかし彦根の動体視力は、それすらも上回った。


 バックステップで、射程圏内から一瞬で外れる。


 目の前を通り過ぎていく切先。

 空振りに終わる結末。

 彦根が気を緩めたその時、


 大剣が少し、ほんの少しだけ、


「――ッ⁉グっ」


 伸びた。

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