4章 HERO

32話

 



「……(ここは?)――ッ」


「ゴリアッ‼」「ボルゴアッ‼」「ホゥアッ」「ゴブルァアッ‼」――


 彦根は飛ばされた先で状況を把握しようとし、咄嗟にその場所から飛び退いた。


 瞬間、足元から土棘が生え、四方八方からの集中砲火が棘ごと大地を吹き飛ばした。


 彦根は子供を抱きかかえたまま、次々と放たれる魔法から逃げる。


(囲まれてるね。……それに、建物が見当たらない)


 周囲は見渡す限りのトレント森。人工物が見当たらない。


 つまり、ガラスの補給ができない。


 仕組まれている。そう判断するのに時間はかからなかった。


 加えて自分の能力を理解し、無力化した上での待ち伏せ。相当に性質が悪い。


 とりあえず、と子供に貼られている紙を剥がす。


「君っ、大丈夫か、ぃ……」


 しかしその子の顔を見た彦根は、続く言葉を吞み込んだ。


 半開きの口と目は、その子が既に事切れているのを如実に表している。


 自分が救おうとしていた未来は、抱きとめたあの時から、既に終わっていたのだ。


「……」


 彦根はそっと子供の目を閉じ、魔法を躱しざま茂みに身を隠す。

 トレントの裏に回り込み、地面に子供を寝かせた。


「ごめんね。君を置いて行く僕を許してくれ」


 自分がこの子から目を離した瞬間、トレントは子供を捕食するだろう。


 守ることも出来なかったのに、親の元に連れて行ってあげることも出来ない。


 ――彦根は躊躇せず、茂みから飛び出す。


 襲撃をゆるし、避難民は救えず、飛ばされた先に人は一人もいない。


 悉く外れる予想に苛立ちが込み上げる。


「……せめてこいつ等は、皆殺しにするから」


 不甲斐ない、自分自身に。



「『身体強化・輪廻』」



 不滅の魔力を纏った彦根に、大量の魔法が着弾。近くのトレントと地面を吹き飛ばし、砂塵が舞った。


「ゴルォ」「ホッホァア!」


 しかし気を抜いたゴリラの真横、魔力を纏った鈍い銀光が瞬く。


「ゴひゅ――」「――っギっ――」


 血を靡かせるサバイバルナイフの一振りが、一瞬で二体の命を刈り取った。


「ゴルアッ‼」「ゴウッ」「ホルァアッ」――


「スゥゥゥ――フッ」


 短い呼気の元、大地を蹴り抜き、敵との間合いを瞬きで詰める。


 ナイフを右から左下に振り抜き、首を切断。


 くるりと逆手に持ち替え、右から来たゴリラの心臓を貫く。


 そのまま身体を捻り全力でナイフを振り抜き、周囲から迫る火球ごと真後ろのゴリラを真っ二つにした。


「ゴル、ばっ⁉」


 血飛沫を突き抜けナイフをくるりと持ち直し、接敵、右足を切断、体勢が崩れたところで顔面を刈る。


 左から迫る拳を前掲で躱し重心を左に移す、と同時にナイフを持つ掌を上に向け、地面と平行に腹を切り払い臓物をぶちまけさせる。


 重心の乗った左足で踏み込み、離れた位置で魔法を放とうとするゴリラに急接近、勢いそのまま右手で殴り殺す。


 その直前に軽く指で投げていたナイフが、くるくると空中で回る。


「――シッ」


 回転し、樹上で魔法を放とうとするゴリラ向けて蹴り抜いた。


「ギび⁉っ――」


 跳躍。眉間に突き刺さり落下するゴリラからナイフを抜き取り、再度投擲。


 木の幹に足をつけ、衝撃でへし折りつつ同方向へ跳躍した。


「ブ⁉っ――」


 樹上に三匹で固まる真ん中のゴリラをナイフが射抜き、空いた場所に一瞬で飛び込む。両隣の顔面を掴み、


「ゴァっ⁉バべッ」「ホバっ⁉ブバシュッ」


 地面に叩きつけ脳漿を炸裂させた。


「……ふぅ……」


 顔に跳ねた血を拭い、踏みつけるゴリラからナイフを抜く。


 圧倒的に有利な状況から瞬く間に半数を刈られたゴリラ達は、一度攻撃の手を止め突撃するのを躊躇していた。


 しかしそこで、


「……ゥゴルルル」


 樹の奥から戦況を見ていた一際大きいゴリラが、他の仲間を押し分け前に出てきた

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