18話

 


 ――作戦決行当日。



 否が応でも緊張感が高まる大学内。続々と運搬車に避難民が乗り込んでいく。


 両サイドを警戒する為、壁際と壁の上に自衛隊がズラリと並んだ道を、亜門を先頭に第一陣が走って行く。


 そんな光景を、東条は隣に座るノエルと一緒につまらなそうに見ていた。


「猿来ると思うか?」


「五分五分。あいつは、強い奴と戦うのを極力避ける」


「……その白猿が来る時は、奴が勝てると確信した時ってことか」


「ん」


「怖いな」


「別に」


 他愛のない会話をする二人の元に、ニコニコと彦根が近づいてくる。


「やあまさ君、昨日ぶり。ノエル君も」


「おはようございます」


「ん」


 東条の横に腰を下ろす彦根は、次いで懐から例の機械を取り出した。


「てれれれってれー、魔素濃度及び含有魔力量想定装置~」


「ん?」


 不審な目をする東条だが、数秒後、昨日の彦根との会話を思い出す。


「っまさかそれが!」


 途端に前のめりになり、そのロマン機械をキラキラとした目で見つめた。


「ああ。昨日言っていたレベルを測る装置さ。今更恥ずかしいなんて言っても「早くやりましょう!すぐにすぐに!」っえ、……あ、うん。……随分乗り気だね」


 予想外の食いつきに、彦根はたじたじになってしまう。


「当然ですよ!レベルですよレベル!『測定不能』とか出して『え?何かやっちゃいました?』って顔したいんですよ!」


「あ、ああ。……何を言っていいるのかはよく分からないけど、喜んでくれて何よりだよ(……彼はもっと秘密主義のきらいがある思ってたけど、そうでもないのか?)」


 無論、彼の思考回路が別世界にトリップしているだけである。

 隣のノエルなど、涎を垂らす東条を虫を見る目で見ている。


 この場に千軸がいたら、東条と腕を組んでワッショイしていただろうが、生憎彼は第二陣を先導する為の準備をしている。

 この場が余計騒がしくならなかったことに、彦根とノエルは感謝すべきである。


「ノエルそれ知らない」


「ん?あぁ、これは体内や外気の魔素を数値化する機械。その応用で、魔素を取り込んだ生物をランクで表せるようにしたんだ。……ノエル君も計って見ない?」


「ん。面白そう」


(……即答か。なんか慎重になって損した)


 小さな溜息を吐く彦根は、まだ知らないのだ。二人の行動優先順位が、単なる好奇心で決まっているということに。


「彦根さん!レベルってどんくらいまであるんですか!」


 グイグイ来る東条に、彦根は切り替え指を立てた。


「うん。レベルは一から七まで。現時点での人間の最高が、楓君のLv5。モンスターの最高がミノタウロスのLv5かな。因みに僕はLv4だよ」


「ふむふむ」


 彦根が広げた早見表を見ながら、東条はその数値を過去の経験と照らし合わせていく。


「(この感じでいったら、Lv6にはポポタマが、Lv7にはキュクロプスと、紅さんもここじゃないか?めっちゃワクワクする!)彦根さん!早速やりましょう!」


「よーし、それじゃあいくよ!」


「よし来い!」


 彦根は銃の様に機械を構え、トリガーを引く。


 緊張の一瞬。


 ピピっ、という音と共に数値が映し出された。


「……Lv6……」


「ちくしょうやっぱそんなもんかよ!」


「よしよし」


 砂を蹴っていじける東条を、ノエルがあやす。


 二人にとってはその程度の数値でも、周りで聞き耳を立てていた彦根隊からしてみれば、驚愕以外の何者でもなかった。


 それは彦根本人とて同じである。


 何せ、観測史上初のLv6なのだから。


「……やっぱり凄いね、まさ君」


「そうですか?多分このくらいなら、池袋らへんぶらぶらしてれば会えますよ」


「ははっ、流石にそれは怖いね」


「何言ってんすか、彦根さんなら余裕でしょ?」


「……ノーコメントで」


 自分を見つめる黒い顔に、彦根は笑って返した。

 そこへ、


「ノエルもノエルも、ん」


 数値化の面白さを知った彼女が、胸を張って前に出る。


「よし分かった、いくよ!」


「ドンと来い」


 ピっ





「………………は?」





 彦根から気の抜けた声が漏れる。



 映し出されていた数値は、





 ERROR測定不能





 周りの隊員が固唾をがぶ飲みする中、彦根が固まる。


「ねー、何だった?見して」


 ノエルのおねだりに、彦根は額の汗を拭う。


「あ、あぁごめん。もう一回いいかな」


「ん」


 ピっ



 ERROR



「もう一回」


 ピっ



 ERROR



「……」


 三度目の失敗で、彦根は天を仰いだ。


「見して見して」


「何でそんなにやり直してたんですか?」


 ノエルと東条が、同時に測定画面を覗き込む。


「ERROR?」


「……」


 東条は固まった。

 悔しさに固まった。

 夢の測定不能を、何のロマンも分からない小娘に取られて、固まった。


「ちくしょう!ちくしょう!羨ましい!」


「え?ノエル何かやっちゃいました?」


「うぜぇえええ!」


 二人の茶番劇を他所に、彦根隊の空気は凍り付く。


 当然だ。それすなわち、目の前の幼女は、魔法だけで国家を滅ぼせる力を持っているという事なのだから。


 彦根は一つ息を吐き、耳の無線に手を当てる。


「……今見た物は他言無用とする。AMSCUの隊員と上には僕から言う」


『『『了解』』』


「……はぁ」


 彦根は東条と戯れる彼女を見やる。


 本当にあれは幼女なのか?

 見た目通りの年齢なのか?

 本当にあれは、人なのか?


(……国が落ち着いたら、戸籍を洗ってみるか、)


 未だ見えぬ脅威に、彦根は溜息を吐いた。

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