13話
――「てかさ、ここら辺まで来たら、わざわざ大学へ避難させる必要ってなくない?外側に向かってけば、よっぽど早く特区出れるっしょ」
「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」
「タッカー?」
千軸はキョロキョロと辺りを見回し、東条に耳打ちする。
「ここら辺の人達、下手したら俺達自衛隊より強いじゃん?さっきの四人とか、普通にうちの隊員越えてるし。
そんな人達には、あのコロニーの脱出を手伝ってもらおうって「千軸隊長」……ごめんなさい」
東条は汚いお国の事情を知ってしまい、何とも言えない表情をする。
「……大人って汚ねぇな」
「大人は汚いんだよ」
「千軸隊長?」
「……ごめんなさい」
平然と機密漏洩をする隊長に、女性隊員が溜息を吐く。そんな時、辺りの湿度が変わったのを隊の全員が感じ取った。
「……雨、か?」
張り付く様な湿った空気に空を仰げば、ポツリ、と水滴が肌を湿らせる。
「……まさ」
「……ああ。ベヒモスだ」
池袋に近づくにつれ、雨脚は強くなり、霧が濃くなっていく。いつ会うのかと思っていたが、今は池袋で食事中の様だ。
あの時と同じだ。畏怖に近い安心感に身体を包まれている様な、妙な気分になる。
千軸が身震いしながら口を開く。
「……何か、変な感じだ。警戒心が削がれる」
「日頃からモンスターと戦ってる奴ほど、気付かない内に安心しちまうんだよ」
一行は細心の注意を払いながら、デパートへの中へと入って行った。
――「……」
「……」
到着した水族館は、以前の面影がない程に荒れ果てていた。
綺麗にライトアップされていた水槽は砕け散り、魚一匹泳いでいない。
トレントがそこら中に生い茂り、その様相は最早植物園だ。
「……四、四に分かれて加藤さんを捜索しろ」
「「了解」」
「お前は俺と来い。まさも」
「了解」
「……あいよ」
東条は半ば諦めつつも、千軸と女性隊員と共に二階へと進んで行った。
「……やはりいませんね」
「やはりとか言わない」
「あ、すみません」
女性隊員が慌てて東条に謝る。
「ん?いえいえ、構いませんよ。トレントの数はここで死んだ生物の数ですからね。この現状を見れば想像は付きますよ」
あっけらかんと言ってのける東条に、二人も目を合わせる。
「……あぁ、最後に館長室見てもいいですか?」
加藤さんはそこに隠れて命を拾ったのだ。
一度お邪魔させてもらったが、なかなか快適な場所だった。今も生きているとすれば、そこだろう。
「勿論。場所は?」
「確か、ここら辺に……あった。あれだ」
トレントを毟り倒し、ノックする。
返事はなし。
やむを得まい、と鍵のかかっているドアを引き千切った。
「……、いや、待てよ」
空の室内を見て落胆しかけた千軸だが、不可解な点をいくつか発見する。
足を踏み入れようとして、東条を見た。
「これ、土足で良いのかな?」
「いんじゃね?どうせ移動してもらうんだし、私物だけ気をつければ」
「んだな。おじゃまします」
「おじゃまします」
「ます」
そして三人は室内を物色しだす。
「やっぱり、この缶詰最近開けられたもんだな。キッチンのタワシも皿も濡れてる」
「こたつの電源も付いてます。あとは……、……」
女性隊員はこたつの下から一冊の本を取り出し、過激な水着美女の表紙を見た後、そっと元の場所に戻した。
「どうした?」
「いえ、何でもありません」
「そうか」
千軸は希望半分、疑念半分といった顔で考えこむ。
「……でも表はトレントで塞がれてたし、どこ行ったんだ?隠し通路とかあんのかね」
「……いや」
その言葉に、東条は確信をもって答える。
「多分ここからだわ」
人一人通れるくらいの窓を指さして。
東条はトレントを千切っては投げ、屋上を目指す。
「まさ、ここデパートの七階だよ?あんなとっから出たら一直線で地面だ」
「加藤さんは水魔法の使い手だった。動画見たろ?」
「ああ。……てことは、大量の水に乗ってか入ってか、グネグネ屋上まで行ったってこと?」
「そんなとこじゃね?」
「度胸ヤバすぎるでしょ」
東条は最後のトレントを蹴り飛ばし、曇天の下に顔をだした。
するとそこには、
「おや、……まささんでしたか」
「加藤さん、お久しぶりです。……とりあえずそれ、下ろしてもらっていいですか?」
大量のドデカい水槍を此方に向け、嬉しそうに微笑む加藤が立っていた。
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