14話



 東条は加藤の纏う魔力の濃さに驚き、その変わり果てた姿を見て苦笑する。

魔力量だけで言えば、確実に自分より上だろう。


「なんていうかその、ムキムキになりましたね」


「はははっ、鍛えて殺してを繰り返していたらこんななってしまいましたよ」


加藤は自分の腹をバシッ、と叩く。

嘗ては自らの重量に悲鳴を上げていたビール腹も、今では自立し六つに割れている。


モンスターを狩る事は即ち、自らの身体をより強靭なモノに造り変えるのと同義だ。


トレーニングと併用し、疲労と超回復を繰り返す手法は自分も取っている。

しかしまぁ、ここまで劇的な変化を目の当たりにしたのは初めてだ。


平仮名のネームプレートが、筋肉とのアンバランスさに異彩を放っている。


「でもまさか、加藤さん以外にも生き残りがいるとは驚きでした」


千軸と女性隊員と戯れる、二匹のペンギンとアザラシを見る。


「えぇ。他の皆は食べられてしまいましたが、彼等だけは最後まで私と足掻きましてね。あの地獄を生き残れたのは、今でも奇跡だと思ってますよ」


そこまで話した加藤に、アザラシを抱く千軸が寄ってくる。


「加藤さん、突然で申し訳ないのですが、すぐに移動の準備をしていただけないでしょうか?」


「ンゴォ」


「分かりました。大体の事情はテレビで見ていましたので、理解しています。お国も大変でしょうに、ご苦労様です」


頭を下げる加藤の人の良さに、合流した隊の全員が感動する。


「いえ、こちらこそ、遅れてしまい申し訳ありませんでした。これからは我々の全力を持って、加藤さんをお守りします」


「有難うございます」


「ピャっ!」「ンゴォ!」


こうして東条は、特区で初めて出会った人間、加藤一行と再会を果たしたのだった。





――ネカフェ組とも合流し、現在それなりの大所帯となった千軸隊は、慎重に、しかし出来る限り急いで大学を目指していた。


正直言って、そのスピードはAMSCUの想定よりも数倍速い。


日本で最も危険な場所で生き抜いてきた彼等の胆力は伊達ではなく、dead zone(池袋エリア)のド真ん中で生活していた加藤など、モンスターを殴り殺しながら後方で東条と談笑している。


これを本当に一般人と呼んでいいのだろうか?千軸は、これからどんどん変わっていくだろう日本の未来を憂いた。


東条はペチペチと自分の頬を叩く上機嫌なアザラシを背負い直し、加藤に話の続きを促す。


「はい、それで?」


「ンゴォ」


「東条さんと別れて、少し後ですかね、大量のコボルトが襲撃してきまして。五十はいましたね」


「それは、ヤバいですね」


「地の利もありましたし、私も鍛えましたから、コボルト程度に苦戦はしません。……ただ、」


「ピャァ」


加藤は腕の中で鳴くペンギンを撫でる。


「その中に、コボルトをもっと恐ろしくしたような奴が二体いましてね。そいつらがまぁ強くてですね、結果倒しはしたんですが、私も瀕死の重傷を負ってしまったんです」


加藤が服を捲ると、胸に大きな裂傷痕と、脇腹に肉の削がれた痕が大きく残っていた。


「その時水族館はボロボロになってしまったんですがね、この子達だけは生き残りまして、血溜まりに沈む私に寄り添って、身体を温めてくれたんです。

あの時の気持ちを、私は一生忘れません」


「ンゴォっ」「ピャっ」


「とても素敵ですね」


「ありがとうございます」


笑う加藤を微笑ましく思う反面、東条の頭の中に一つの疑問符が浮かぶ。


「……加藤さん、俺は今まで一度も、コボルトに会ったことが無いんです。山の手線をほぼ一周したのに。そんなことってあるんですかね」


加藤から初めてその存在を教えられた時から、会うのを楽しみにしていたというのに、終ぞ今日まで会うことは無かった。


しかしそれを聞いた加藤は表情を変え、指を立てる。


「まささん、私が話したかったのはここからです。


それから何度も、私の元にはモンスターの大群が襲撃してきたのですが、回数を重ねる内に気付いたんです。

奴等の後ろには、決まって数匹の猿がいたんですよ」


「……猿?」


東条の眉がピクリと動く。


「猿は大群が負けそうになると、決まって我先に逃げていきました。それでまた数日後に襲撃に来るんです」


「……その猿は、先のコボルトの進化版よりも強かったですか?」


モンスターの世界で、強者が弱者に従うなど有り得ないと思うが。


「いえ。

ですが何度か猿を仕留めたら出てきた、赤黒い毛のボス猿みたいなのは、確実に彼等より強かったです」


(なるほど。そのボス猿がモンスターを屈服させ、部下に襲撃を任せていたのか。

藜さんの言ってた猿と無関係じゃなさそうだけど、……あれ?でもボスって白い斑模様ってノエル言ってなかったか?)


「まささん?」


「あ、ああはい、それでそんな奴、どうやって倒したんですか?」


「いやぁほんと大変でしたよ。四肢の骨折られて気絶する間際、ワンフロア丸々水没させて溺死させてやりましたよ!」


「ンゴォ!」「ピャアっ!」


わっはっは、と笑う加藤だが、東条はその規模のデカさに驚愕する。ワンフロア丸々って、一体何㎥あると思っているんだ?


「それからは襲撃もなくなりましてね、最近は平和なもんでしたよ。ねー」


「ピャ」「ンゴォ」


「……」


Dead zoneにいながら平和と言ってのける人間など、自分とノエルを除いて未だ嘗て見た事がない。


この人は見ない内に、本当に強くなっていたらしい。


東条は気を取り直し、近くを走るネカフェの現リーダーの一人に近づく。


「あの、ちょっといいですか?」

「ンゴォ」


「うぉっ、え?なんすか?」


「ここ最近、犬頭のモンスターの襲撃ってありました?」


「あーめっちゃあったな。マジでめんどくさかったぞあいつら。な」


「ああ。そろそろうちも限界だったからよ、あんた等来てくれて本当感謝してんだぜ」


「……それは大変でしたね。今から行くとこはここの数倍安全ですから、思う存分寛いでください」


「ハハっ、そりゃいい」


東条は確信する。


猿はコボルト族を手なずけ、弱いと判断した人間を集中して刈らせている。

どうりで自分と出会わないわけだ。


そしてそれは、自分達の動向が完璧に把握されている事を意味する。


東条は苛立たしさと一抹の不安に、眉を顰めた。




――「おぉ、これは凄い」


加藤は眼前に広がる光景に感動の声を上げた。


現代のコンクリートジャングルが水没する流麗さは、終末的でいてどこか生命力に溢れた異観を呈している。


「それに、これ、海水じゃありませんか」


「ピャア!」「ンゴォ!」


慣れ親しんだ潮の臭いに、二匹のテンションも上がり飛び込むが、


「……少し浅いですか」


泳ぐには少し水量が足りないようだ。


充分楽しそうには見えるのだが、加藤としては、彼等に久々に思いっ切り羽ばたいて欲しかった。


だから、


「千軸さん、大学があるのはこの方角ですか?」


「はい?そうですけど、」


加藤は膝立ちのまま魔力を練り、水面に手をつく。

掌をゆっくりと上に向け、そして、天に向かって振り上げた。


「な⁉」


弧を描き飛び散る水滴。


「……すっげ」


陽光に煌めく加藤の背中。


その場にいた誰もが、彼の有名な伝説を彼に重ねる。


照らす空。


現れる一本道。



――割れる海。



「ふぅ……。さぁ、行きましょうか」


彼方まで続く、高々と波打つ両脇の水壁の中では、二匹のペンギンとアザラシが、自由自在に泳ぎ回っていた。

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