8話

 


 ――朝特有の冷えた空気に、東から差す斜陽がキラキラと反射する。そんな時間。


 早々に起床したAMSCUの面々は、グラウンドにて諸々の準備をしていた。


 亜門は腕時計に目を移し、次いでぐるりと周りの土壁を見渡す。


 (……あと十分で出発なのだが、)


 屋上で足をぶらつかせる彦根に目を向けるも、何度目かの×印を送られる。


 が、その彦根が何かに反応し、目を窄めた。


 そして×だった腕の形は、徐々に〇へと変わっていくのだった。





 §





「まさ、歩きスマホはダメ」


「ん?あぁ、すまん」


 ノエルに注意され、スマホをポケットに仕舞う。


「……最近よくスマホ見てる。どうした?スマホ依存症?現代病?」


「いや、朧と連絡とったり、あとは風代かな。ラブレターにアドレス書いてあったから送ったら、めっちゃ来るんよ。返事しないとダメかなと思って」


 東条の言葉を聞いたノエルは、呆れたと言わんばかりに盛大に溜息を吐く。


「……これだから女の経験が少ない陰キャは、」


「やめろ、泣くぞ」


「いい?女からのメールに返信するのは、三時間措きでいい。まさは冒険者、そっちの方が自然。最近じゃ戦闘中も返信打ってる。論外」


「なるほど」


「女は追いかけたい生物。わざと時間を空けて焦らせばいい」


「それあれじゃん。好きな女の子にメールしたら、三日後とかにごめんお風呂入ってた、って来るやつじゃん。あれめっちゃ悲しいんだぞ」


「違う。それはそもそも男として見られてない。脈無し。諦めた方が良い」


「世の純粋な男達に謝れ!」


「まさは今アプローチを受ける側。勝ち組」


「でへへ」


「それにそんな頻繁に返信してたら、向こうも勘違いする。別に交尾したいわけじゃないんでしょ?」


「言い方よ」


「ノエルはそんなの突き放して良いと思うけど」


「……向こうが諦めるのと、俺が突き放すのじゃ訳が違うだろ」


 ノエルは再度溜息を吐く。


「それは優しさじゃない。やってることはキープと同じ」


「……棘あるなぁ」


 東条は空を仰ぐ。


「……いつかケジメはつけるさ。……の気持ちにも」


「ん。別に強いオスがハーレムを作るのは不思議じゃない。さっさと食って囲えばいい」


「だから言い方よ」


 二人して空を見上げ、溜息を吐く。


「……恋って難しいな」


「……ノエルには分からない」


 これを機に東条の返信の頻度が格段に落ち、朧と風代が不安になったのは、また別の話である。




 ――二人が土壁に飛び乗ると同時に、東条の腹に衝撃が走る。


「おざっす!相変わらずビクともしないっす!」


「おぉっ、強化使えるようになったのか」


「褒めて下さいっす!」


「よーしよしよしよーしよしよし」


 彼女達は東条から連絡を貰い、久しぶり、と会いに来た者達だ。殴打娘、リーダー女性、風代、胡桃、馬場、中には場違いにも毒島の姿もある。


 東条に抱き着く殴打娘を見て、風代は頬を膨らませた。


「……氷室さん、猫目さんのリードちゃんと握ってて下さい」


「あの子は猫だから。リードが付けられないのよ」


 リーダー女性こと、氷室 佐世子ひむろ さよこ、殴打娘こと、猫目 優笑羽ねこめ やえばの手綱を握るのを既に諦めている。


「よぉカオナシ、まさかこうなるとはな!」


「よう。まったくめんどくせぇ事になったよ」


 東条の返答に、毒島はガハハと笑う。


「俺がいなくても大丈夫だと思うけど、ま、一応見といてやるよ」


「おうっ」


「……見とくって、何をっすか?」


 猫目が東条に尋ねる。


「ん?毒島はな、モンスターが怖いから、俺に傍にいて欲しいんだと」


「あっ⁉」


「ナハハっ、貧弱紫頭!」


「黙れクソ猫!」


「涼音~!こいつライバルだったぞ~!」


 逃げていく猫目に、毒島が石を投げまくる。


「あんの猫もどきぶっ殺す!……おい風代、何だその目は。俺が野郎を好きになるわけねぇだろ!その目をやめろ!」


 (むすー)


 やいのやいのと騒がしくなる光景に、東条も吹き出す。

 その際ノエルと話していた胡桃と目が合ったが、お辞儀をされ、すぐに逸らされてしまった。


 (……距離あいちゃったなー)


「……しょうがないさ。自分の男半殺しにした奴と、笑顔で話せって方が無理だ」


「馬場さん。……ま、ノエルが嫌われなくて良かったです」


 馬場が東条の頭をわしゃわしゃする。彼はそれに合わせて、髪の毛を漆黒から出した。


「ふっ。あの子もだいぶ言ってたんだけどね。あんたのヤバさを見て薄れちまったんだろうさ」


「俺の行いは無駄じゃなかったわけだ」


「胡桃の前でそんな事言うんじゃないよ」


「わっ」


 彼女は最後に、東条の頭を無造作に払う。


「じゃ、あたしは涼音の視線が怖いから引くとするよ。救助、頑張んなよ」


「うっす」


 彼女が手を振って去って行くと同時に、グラウンドの方から自衛隊の面々が歩いてくるのが目に入った。

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