7話
――「ふーんふーふふーん♪」
皆が寝静まった深夜、彦根は見張りの為、景色の良く見える屋上に向かっていた。
階段を上り、ドアを押し開くと、
「……ん?」
月明かりと共に、歪な形のバットを担ぐ青年の背中が目に入る。
「……こんばんは。月が綺麗ですね」
「あんたは……彦根さん、だっけ。こんばんはっす」
彦根は嶺二の横によいしょ、と座り、持参した珈琲をトポトポと注ぐ。
嶺二が暫しの沈黙に若干気まずくなり、チラチラと彼を見ていると、
「どうぞ」
「あ、あざす」
丁寧に入れられた珈琲を渡された。
彦根は自分の分に口をつけ、ふぁ~、と一息つく。
「あ、コーヒー嫌いだった?」
「あ、いや、だいじょぶっす」
嶺二も慌てて口をつけ、アチっ、と舌を火傷する。
「……嶺二君は何でここに?見張りは今日から僕達の仕事のはずだけど」
「……いや、なんつーか、ずっとこうしてきたんで、落ち着かなくて」
そういって珈琲啜る彼を、彦根は悲し気に見つめる。
戦場が日常となってしまった、悲しい子。日本はそんな子供達がいないのだけが、取り柄だと思っていたのに……。
「……僕達の責任だね」
「あ、いや、そんなことないっすよ!こうして来てくれたんすから、嬉しいです」
「……ハハっ、立つ瀬がないなぁこりゃ」
たはー、とおでこを叩く彦根に、嶺二の表情も柔らかくなる。
「……嶺二君に一つ聞きたいんだけどさ、いい?」
「え、はい」
「新君とまさ君って、何かあったの?」
「……あー」
嶺二は頭を掻き、次いで下げる。
「さっきはあいつがすんませんした。聞こえちゃってたっすよね」
「いーよいーよ、全然気にしてないし、うちの総隊長がデリカシーないだけだから」
「あざす」
「それで、どんなイザコザがあったんだい?」
嶺二は珈琲に映る自分を見て、カップを強く握る。
「……カオナシの商売を、新が邪魔したのは」
「知ってるよ。光明院グループは報道の王御所だからね、抑えるのが実に面倒だったと聞くよ」
「それで二人が話し合うことになって。俺はその場にいなかったんで、後から聞いたんすけど」
「うん」
「新は一応謝ったらしいんすけど、後悔はしてないって譲らなかったそうです」
「なるほどね。(見るからに正義感の塊だったもんなー)」
「そんなあいつを、カオナシは正論でボコボコにしたらしいっす。馬場さん曰く、見ていて可哀想になる程だったって」
(腕っぷしだけじゃなくて口も回るのか。是非見たかったな)
「……あいつは、この災害で家族を全員失ってるんです」
「……」
「昔から優しい奴でしたけど、人命に人一倍敏感になったのはそのせいっす。
……だから、あんなことを言っちまったんだろうな……」
「あんなこと?」
嶺二は星空を見上げ、白い息を吐いた。
「……あいつはカオナシに、「お前もノエルを失えば、俺の気持ちが分かる」って言ったらしいです」
「……それは、確かにまさ君も怒るだろうね」
「……怒るなんてもんじゃなかったですよ」
「殴り合いの喧嘩かい?」
「喧嘩……、でもなかったっすね。あれは一方的な蹂躙だった。……カオナシは本気で、新を殺そうとしてたっすよ」
「……」
彦根の目が細められる。
「カオナシ君はその、黒いモヤモヤを纏っていたかい?」
「?いや、顔はいつも通り隠してたけど、他は強化だけでしたね。……それでも俺は目で追えなかったし、一瞬でぶっ飛ばされましたけど」
「(……嶺二君は、魔法だけならうちの隊員にも引けを取らないはずだ。そんな子が目で追えないとなると、……うん、やばいね)
……その怒り狂ったまさ君を、誰が止めたんだいだい?ノエルちゃん?」
「いや、ノエルはカオナシの気持ちを尊重するっつって、手を出さなかったらしいです」
「絶望じゃないか」
「ほんとっすよ。全部終わった後に医者に診てもらったんすけど、そん時の新は生きてるのが不思議なくらいでしたよ。
首の骨に罅が入って、上顎と下顎骨折して、肋骨はバキバキで、両腕は複雑骨折。片足も折れて、内臓も何個か破損してたみたいっす」
嶺二は乾いた声で笑うが、あまりの凄惨さに、彦根は唖然とした。
「それは、……。どうやってあそこまで治したんだい?まさか、その重症でモンスターを殺しに行ったのか?」
「そのまさかっすよ。あいつは目を覚ますと同時に、這ってモンスターを殺しに行きました。姫野は泣いて止めてましたけど、結局俺と姫野も手伝う羽目になりましたよ」
「凄い根性だな」
「ここら辺じゃ、あいつの魔法に耐えれるモンスターはいないっすからね。大体百匹倒したら自力で歩けるようになりましたよ」
彦根はカップを両手で包み、想像以上の事件があったことを素直に驚いた。
そして尚更気になるのは、そこまで躊躇いの無くなったカオナシを止めた、ノエルでない誰かのことだ。
「それで、カオナシ君を止めたのは……」
「あぁ、……朧って奴なんすけど、それまでは俺達と一緒にここを纏めてた奴なんです」
「今はいないのかい?」
「あいつはカオナシと仲良かったみたいだし、きまずくなったのか出ていきました」
「……(二人が内輪に誰かを入れるとは思わないし、となると、特区を一人で生きていける実力者か)……その朧君がどうやってまさ君を止めたか分かるかい?魔法の属性とか、不思議な力を使ってたとか」
「凄かったっすよ。カオナシとまともに殴り合ってましたからね。属性は電気っすかね。カオナシがビリビリしてました。
不思議な力は……、俺はよく分かんなかったんすけど、手が消えたとか、足が消えたとか言う奴もいましたね」
「……(まさ君と、まともに殴り合う、だと?いや、まさ君はcellを使っていない。それに、二人の戦闘を嶺二君が見極められていない線もある。だとしても、……朧君、十中八九覚醒者だな。それもかなり強い)」
「彦根さん?」
「あ、ああごめんね。ぜひ朧君に会いたいんだけど」
「すいません。あいつの連絡先、誰も知らないんすよ。元々口数が多い方じゃないし」
「……それは残念だ」
彦根は、ん~、と伸びを一つし、冷めてしまった珈琲を一気に煽った。
「でもおかげでいい話を聞けたよ!ありがとう。お礼に聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ!答えられる範囲で答えるよ」
嶺二は彼の外見を見て、一番聞きたかった質問をぶつけた。
「……そうですね。……彦根さん、何歳ですか?」
「ハハハっ、こう見えて僕は三十八だよ」
「は⁉」
「良い反応をするじゃないか」
「いやいやいや、十四かそこらでも通用しますって!」
「そんなに若く見えるかい?照れるじゃないか」
ガハガハと笑う彼に、嶺二は信じられないと疑いの目を向ける。
そんな目に微笑み、彦根は懐かしむ様に星空を見上げた。
「……僕もね、こうなる前は高身長のダンディなおじさんだったんだよ。聞いたことあるだろ?幼児退行って症状」
「はい、少しは」
「僕はそれに近いらしい。魔法がある世界だ、心と一緒に身体まで戻っても、不思議じゃないってことさ」
「そう、なんすかね、」
「そうさ!羨ましいだろ?」
「いえ、そこまで」
「ハハハっ、正直者め!どうだい?そろそろ眠くなって来たかい?」
「いえ、珈琲のせいでまったく」
「そうかそうか、僕も朝まで暇だったからね、今日は共に語り明かそうではないか!」
「……あんたその為に飲ませたろ」
嶺二のジト目を、彦根はさ、と避ける。
「いいからいいから、な、恋バナしようぜ恋バナ」
「……ったく、修学旅行かよ」
「で、あのギャルっ子ちゃん達の内の、誰が好きなんだい?ほれほれ」
「俺はギャルは好きじゃねぇ!」
「えーいいじゃんギャルJK」
「あんた三十八だろ⁉」
――その夜、屋上で行われた秘密の恋バナは、太陽が顔を出すまで続いたとか。
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