2章 合流
6話
§
「ここら辺は樹形が少ないね。だからモンスターも少ないのか」
彦根が点在する樹形トレントをぶった切り、丘の上で伸びをする。
「皆見えたよ!あれじゃない?」
彼の言葉に振り向く隊員達も、目的地が見えた事に安堵の表情を浮かべる。
「五百mってとこかな、一気にいっちゃおうか!」
「ちょっ、隊長!追いつきませんっ」
五百m先まで、トレント、丘、標識、瓦礫、悉くを真っ二つにしながら、建物や電柱を避けて驀進するガラスの刃。
亜門は頭を抱え、千軸は笑い、隊員達はあせあせと追いかけて行った。
最後の土壁を、大学を囲む土壁に連結した隊員が、感嘆の声を上げる。
「立派な壁ですね。私もかなり練習したのですが」
「……こんな場所で生き延びてきたんだからね。頷けるよ」
「……そうですね」
隊員が一思いに入口を開けると、
「本当に来た!」「ありがとう、ありがとう!」「ようやく帰れるぞ!」
「早く連れてってくれ!」「たったこれだけ?」「徒歩で行くのか?」
彼等の到着を待っていた避難民が一斉に押し寄せてきた。
「落ち着いて下さい!我々は先遣隊です!後から大型車両が来ますので、皆様にはそちらに乗って避難していただきます!」
亜門の説明に、周りから安堵の声が漏れる。
「いつ安全な場所に行けるんだ?」
「四日後か五日後を予定しています」
「そんなっ、明日じゃないのか?」 「早く帰りたいのに!」
「道があるんだろ?行けるんじゃないのか?」
再び騒がしくなる避難民。亜門はこういう場を何度も経験してきた。少し落ち着くまで待つ姿勢でいると、
「静かに」
喧騒の中を、静かなれど、よく通る声が響き渡った。その一括で誰もが口を閉ざす。
(……成程。彼がこの群れの長か)
(あ、面倒臭い動画上げた人だ)
(……あれ?俺より強いんじゃね?)
左腕をギプスで吊るした新が、嶺二と胡桃を連れ、三人の隊長の前に歩み出た。
「お疲れ様です。私はここを纏めている光明院 新と申します。疲れていると思いますので、先ずはシャワーを」
「お気遣い感謝いたします。私はこの隊を指揮しています、亜門 誠一郎と申します」
「これからの予定は後程私が伺いますので。その後、彼等には私の方から伝えておきます」
「……その方が良いかもしれませんね。分かりました。本部への連絡、とシャワーの後、今後の予定をお伝えします」
「はい」
亜門は新から目を離し、一度ぐるりと避難民を見渡す。
「今一度皆さまに謝罪を!到着が遅れて、申し訳ありませんでした!これからの安全は、我々が保障いたします!」
感謝、歓声に混じり、少なくない怨嗟の声が、頭を下げる隊員達に浴びせられる。
そんな彼等の姿を見る新は、困ったように微笑んだ。
――「本当にお食事はよろしいのですか?」
「はい。有難うございます姫野さん。我々は携帯食料を持参しておりますので」
亜門の言葉に、胡桃も頷く。
「分かりました」
「はい。それでは、これからの我々の作戦を説明いたします」
「はい」
「
「いつまでですか?」
「先程の伝達で、四日後の二十時までと決まりました。それまでにこの場所に車両が数十台やってくると思いますので、五日後、準備が整い次第避難を開始します」
「分かりました。
……その救助活動、私も参加させていただけないでしょうか?」
「新君⁉」
新の真剣な眼差しを、亜門は見つめ返す。
「……申し出は有難いですが、それはできません」
「今の私なら、足手纏いにはならないと思いますが、」
「はい。それは一目見ただけで分かります。……ですが我々にとって、新さんもまた、守るべき国民の一人なのです。ご理解ください」
頭を下げる亜門に、新は溜息を吐く。
「……いえ、こちらこそ無理を言って申し訳ありません。……今日から四日ともなりますと、残りの食料が心配なのですが」
「そちらはご心配なさらず、運搬車が大量の食料を持ってきますので」
「……分かりました」
納得した新と、その場にいる胡桃と嶺二に、亜門は再度頭を下げる。
「今日まで彼等を守っていただき、本当に有難うございます。我々は貴方方三人と、戦闘に携わった方々を、心より尊敬いたします」
亜門に続き、千軸と彦根も頭を下げた。
「私がやりたくてやったことですので。頭を上げて下さい」
「素晴らしい心をお持ちだ」
亜門の掛け値なしの称賛に、新は苦笑する。
「……そんなことないですよ。……それと、私達の他にもう一人、馬場 菫というリーダーがいます。彼女にもその言葉を伝えてあげて下さい」
「分かりました。必ず」
新が退室する彼等を見送っていると、ふ、と亜門が何かを思い出したように振り向いた。
「一つお尋ねしたいのですが、まさ殿とノエル殿は現在、ここにはいないのでしょうか?」
その質問に、新の表情がピクリと固まった。
「……いませんが、何故です?」
「彼等には国として協力を要請しておりまして、本日合流する予定だったのです。てっきりここにいるものと思っていたのですが。
……ノエル殿とは連絡が取れませんし」
亜門の凛々しい顔に、少しだけ悲し気な色が差す。
「……それは、二人は救助活動に参加するということですか?」
「そうなると思います」
机の下で、新の拳が強く握られた。
「……彼等は守るべき国民ではないと(ボソ)」
「新君っ。亜門さん、私もノエルちゃんの連絡先を持っています。今電話してみましょうか?」
新の小言を掻き消す様に、胡桃が携帯を出して提案する。
「……お願いしてもよろしいでしょうか?」
「分かりました」
――プルルルル――プルルルル
『ん』
「ノエルちゃん?」
「――っ」
「「っブふっ」」
驚愕する亜門に、千軸と彦根が堪らずに吹き出す。
『どした』
「今亜門さんって人と会ってるんだけど、ノエルちゃんと話したいんだって」
『いーよ』
『ノエルちゃん、大事な電話は出ないとダメだよ?』
『善処する』
「……もぅ。代わるね?」
『ん』
胡桃は気まずそうに亜門に携帯を渡す。
「……代わりました。亜門です」
『おひさ』
「お久しぶりです。先程大学に到着しました」
『知ってる。見てた』
「(どこからだよっ)……つきましては明日の為に合流したいのですが、今どちらに?」
『ホテル。七時でしょ?朝壁の上で待ってる。じゃ』
ブツッ――ツー、ツー、ツー
亜門は、通話終了の画面を無心で見つめる。
「――っブほっ」「――クっ、くふふッ」
彦根が千軸を肘でつつき、抑えろと訴える。しかし当の自分が笑っているのだから、そんなもの逆効果なだけである。
亜門の額に青筋が走った。髪がざわざわと逆立ち、銀灰色に染まりかける。
「姫野さん、どうもありがとうございます」
「っひゃい」
胡桃は返される携帯を、恐る恐る受け取る。
だってしょうがないだろう、こんな怖い作り笑顔、彼女とて見た事がない。
「どうやら彼女達には、本部から連絡がいっていたみたいです。心配はなさそうですね。ハハっ」
「そ、それは良かったです!」
「では、私達はこれで」
「ひゃいっ!おやすみなさい!」
「おやすみなさい」
「おやすみ~」
「(ぺこ)」
隊長達が去って行くのを、胡桃は敬礼して見送るのだった。
「貴様ら、後でバーピー千回だ」
亜門が二人を睨みつける。
「パワハラだ~」
「そうだそうだ、岩国さんに言いつけるぞ」
「好きにしろ。だがお前のDVDは岩国大臣が持っている。そんなくだらないことで大臣を呼び出したら、あれはどうなってしまうだろうな?」
「パワハラだ⁉」
千軸が恐怖に慄く。
「まぁ楓君のDVDはどうでもいいけどさ~」
「よくないですよ!」
「彼、何かあったっぽくないですか?」
「光明院か?」
「はい」
「ブツブツブツブツ(ボソボソボソボソ)」
亜門も彼の変化には気付いていた。まさ殿の名前を出した途端、表情が険しくなったように見えた。
「彼等の情報を盗んだうえに公開したんだからな、何かしらのイザコザがあってもおかしくないだろう」
「確かに。
……でも最後のあれは刺さったなー。「彼等は守るべき国民ではない」だっけ。痛いとこ突かれましたね」
彦根が笑う。
「……フっ。確かにな。姫野さんが助けてくれなければ、私は何も言い返せなかっただろうな」
……だが、と亜門は続ける。
「お前達もまさ殿とノエル殿を見れば、『守る』なんて言葉は出なくなると思うぞ?」
そんな亜門の笑みに、彦根は期待の、千軸は怨嗟の表情を浮かべ、寝床へと帰って行った。
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