85
「最初から強くて、人を食いものにして生き残って、その後は弱い者から搾取する。随分気楽で楽しそうな生き方だな」
「おいやめろっ」
「新君もうやめよ!」
東条の事情の一端を知っている馬場が制止の声をかけ、胡桃も慌てて止めに入る。
しかし新は薄笑いを浮かべ、尚も続ける。
「俺はあの日、父さんと母さんに、妹を亡くしたよ。……妹は瓦礫に圧し潰されて死んだ。……父さんと母さんは、俺を守るためにモンスターに向かって行った」
新はその時の光景を思い出し、自身の拳を血が滴る程握りしめる。
「人を金としか思ってないお前に、俺の気持ちが分かるわけない。分かって堪るか。
……命の尊さが、命の気高さが、分かって堪るかよッ」
親の仇を見る様な目で東条を睨む新。
対する東条はざわつく心を抑え、少しばかりの感情を乗せて睨み返した。
「大切な人の死を、盾にするなよ」
「はッ、お前に最も似合わない言葉だな」
「おい新!いい加減にしろっ」
馬場が新の胸倉を掴む。と同時に、圧倒的な魔力の重圧が教室を埋め尽くした。
その出所は、ぶち切れた東条、……ではなく、
「殺す」
自身の相棒の大切なモノを傷つけられ、ブチ切れたノエル。
大気が震え、コンクリートが軋み、机に罅が入った。
三人は嘗てない殺意に晒され、全身の鳥肌が立ち、体中から玉の汗が噴き出る。恐怖で身体が硬直し、その場から一歩も動けなくなった。
ノエルが串刺しにしようと手を掲げた、瞬間、この中で唯一動ける男が、彼女の目を掌で覆った。
「……まさ、どうして止める」
「目、割れかけてたぞ。気ぃつけろ(ボソ)」
「まさ」
「……ありがとうな。俺の為に怒ってくれて」
ノエルがゆっくりと手を下ろす。
「……まさが我慢するなら、ノエルも我慢する」
「ありがとよ」
掌を退けると、彼女の瞳は人の形に戻っていた。
「……人間が少し分かった気がする。この場であれを殺すのは、デメリットしかない。
でも今は、……そうなってもいい気分」
東条はノエルの頭をポンポン、と叩いた。
重圧が霧散し、胡桃と馬場はへたれこみ、新は椅子に落ちる。
新は悔しかった。友という言葉すら否定され、自らの信念を害だと断定され、挙句の果てに力で押さえつけられた。
自分が今まで大切に培ってきたモノを、不必要だとゴミ箱に捨てられたのだ。
新はそれが、悔しくて堪らなかった。
故に自然と出た言葉は、彼の用意できる最適解。……いや、最不適解であった。
「……ノエルを失えば、お前も分かるさ――」
――東条の中で、何かが切れた。
次の瞬間、轟音と共に彼等の見ている風景が一変した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます