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「やあやあ生が出るね」


 戦闘員達の視線を無視しながら、歩いてくる新に黒い笑顔を向ける。


「ああ、おはようまさ。ノエルも、……」


 新は、睨むでも見下すでもない、何の色もない瞳を向けてくるノエルから目を逸らした。


「動画見させて貰ったよ。俺が教えるよりずっと分かりやすかった。流石だ!」


「……有難う。何故か数時間で消されてしまったみたいだけどね」


「おぉ、そうなのか。せっかくいい動画だったのに。やっぱり国は仕事が早いな!」


「そうだね。まるで技術を独占したいように感じたよ」


「そりゃ自国を潰したくないもん。考えたら分かるさ。それで、キャラの育成は順調?」


「……ああ。でも実戦のレベルにあるのは、俺と嶺二、正宗、毒島くらいかな。正宗と毒島は魔力の具合から見て、君みたいに前から知っていたようだけど」


「もう魔力の粗さまで分かるのか。相変わらずセンスの塊だな、羨ましい限りだ。

 でも今までその紙装甲で充分だったんだから、実戦レベルも何もないだろw」


「そうだね。まさが来てからも戦闘の際に数人が命を落とした。もし君がこの技術を教えてくれていたら、彼等は今も笑えていたかもしれない」


「それ俺に関係なくね?」


「……そうだね。君はそういう人間だ」


 穏やかな雰囲気で行われる二人の舌戦は、しかし見る者が見れば、濃密な魔力の荒波がぶつかり合っているのが分かる。

 現に何事かと近づいてきた戦闘員は、圧に押され腰を抜かしている。


 そこに、


「ようカオナシ、新から色々聞いたぜ?金の為にスゲー力隠してたんだってな」


「酷い言い草だな。嘘じゃないけど」


 鍛錬で汗をかいた嶺二が、バットを担いで歩いてくる。


「別に俺は新みたいな信念があるわけじゃねぇし、とやかく言うつもりもねぇけど、ダチとしては少し悲しかったぜ」


「信念?偽善の間違いだろ。あとダチってなんだ?美味いのか?」


「……テメェ」


 嶺二はバットの先を東条の心臓に押し付けた。


「怒るのも分かるけどよ、言葉はちゃんと選べよ。俺達も、テメェ自身も傷つくだけだ」


「……」


 東条は無言で金属バットを掴み、


「心臓はダメでしょ」


 握り潰し捻じ曲げた。


「――っ」


「ダチは人体の急所に凶器を押し付けたりしません」


 歪なフックの様な形になったバットを押し返す。明確に力を見せた事で、空気に緊張が走る。


 誰もが静かになる中、


「ノエルちゃん?まささん?」


「胡桃、おはよう」


「おはようございますノエルちゃん。どうしたんですか?喧嘩はよくありませんよ!」


 給水ボトルの補充から帰ってきた胡桃が、慌てて東条の前に立つ。次いで嶺二の持つひん曲がったバットにビックリした。


「姫野さんは新から何も聞いていないんですか?」


 東条が一歩下がって問いかける。


「聞きました。残念とは思いましたけど、誰だって隠し事の一つや二つ、在ると思います。それが私達の主張と合わないからって、お二人と喧嘩するのは嫌です」


(……へぇ)


 彼女こそ新の一番のシンパだと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 彼女は他人を他人だと理解できるだ。それでいて他者の為に命を懸けることの出来る精神。

 やはり、いや、今まで以上に、素直に美しいと感じた。


「新君、やっぱり勝手に動画撮ったりしたのはよくないと思う。一旦ちゃんと話しあお?ね?」


「……分かった。場所を変えよう。嶺二、ここは任せた。馬場さんと正宗が来たらこの事を伝えてくれ」


「……チっ、わぁったよ。でも良いのか?俺と姫野以外に言って」


「構わない。俺も悪いことをしている自覚はある。二人にも、本当の事を知っておいてほしい」


 新は集まって来た戦闘員達を見て、校舎に向かって歩き出した。

 東条もノエルと目配せし、まいっか、とついていく。



 四人で校舎に入り、廊下を歩いている途中、ノエルが口を開いた。


「胡桃、あいつは胡桃と嶺二以外に、ノエル達のこと言ってないの?」


「は、はい!伝えたらきっと、二人の風当たりが強くなるからって「ふーん」……あぅ」


 新を庇うタイミングが来た、と張り切った胡桃だったが、ノエルの淡白な返事に詰まってしまう。

 それを見たノエルが溜息を吐く。


「胡桃は気に病まなくていい。それはあいつの仕事。ノエルは今考えてる。ノエル達の邪魔した付け、どうやって払わせようか」


 その言葉に偽りはなく、事実ノエルは胡桃の事を今も好意的に思っている。

 彼女は人でないからこそ、、感情を向ける相手を迷わない。ノエルが敵意を向ける相手は、新只一人である。


 新は、背中に刺さる殺気に立つ鳥肌がバレないように、教室の扉を潜った。


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