68


          §



上から見ると分かるが、この壁は北側だけが開放されている。

蹄鉄の様な形になったのも、勿論彼女の仕業。意図的なものである。


庭のベンチで足をぶらつかせるノエルは、東条の魔力が最低限離れたのを確認し、中の人間を閉じ込める様に断崖絶壁を造り出した。


慌てる下っ端達を横目に、家の中へと足を踏み入れる。


一方依然簀巻きのままの彼等は、まずは脅威が去ったと一安心し、部下達が助けに来るのを今か今かと待っていた。


そして猿轡を噛まされているせいで意思疎通も取れない中、ピエロは怒りと復讐心に突き動かされ、冷静に次の行動予定を立てていた。


(殺す。殺す。殺す。あいつ等はクソみたいなお人好しだった。大学のゴミ共を人質にすりゃ隙は作れるはずだ。必ず殺してやる)


そんな時、玄関のドアが開く音がした。


(((助けが来た)))


誰もが一斉に視線を向けた先には、期待外れもいいところ。


悪魔の様に美しい少女が立っていた。


「……きっとお前達は、その小さな脳味噌を頑張って回して、ノエルとまさに復讐しようと考える」


静かな廊下に、彼女の靴音がよく響く。


「ノエルとまさは、邪魔されるのが一番嫌い」


彼女はピエロの前にしゃがみ、顔を覗き込む。


「だからここからは、放送禁止♡」


そしてその困惑と恐怖の瞳に、ニッコリと笑いかけた。



「『贈魔ぞうま苗木なえぎ』」



ノエルが触れた地面から、ドス黒い緑と紫の斑模様の果実を実らせる、小さな苗木が顔を出した。


毒々しい程の甘い香りと、本能的嫌悪を催すその見た目に、誰もが目を奪われ、吐き気に襲われる。


「じゃ、楽しんで」


「んー‼グんぅー‼」


踵を返し走り去るノエルに、途轍もない嫌な予感を感じたピエロが叫ぶが、当然待ってくれるはずがない。


彼女が背を向けると同時に、急成長し始めた果実。

その重みに耐えきれず、苗木が弛み、……最後、




べちゃっ




瞬間、解放された異臭が全方位に爆散する。猛烈な勢いで広がる臭気は、三方の壁に阻まれ、残る北口から一気に飛び出した。


――グレイウルフ、クァールが首を擡げ、疾駆する。


――ムグラ、グランピードが狂った様に果実目掛けて突進する。


――グアナが集まる虫型モンスターを追いかけ貪り食う。


たった今、この一ヵ所に、周辺のモンスターがこぞって集結しようとしていた。



一方、数瞬前のノエルはというと、


「いそげいそげ!」


全力で身体強化を施し、民家の屋根を渡り走っていた。

その時、果実が破裂。ノエルの鋭敏な嗅覚がその激臭を捉える。


「――ッくっっさ⁉」


背後から迫る臭いの悪魔から、涙目になりながら逃走を図る。


あわや悪魔の手が彼女のリュックに触れようかというところで、ノエルが跳躍、


「うぁぁああッ」


続いて数十mの大樹を斜めに生やし、自らを上空に押し上げた。


「――ッグんにゃああああああぁぁぁぁ――」


大砲の如く打ち出されたノエルは、放物線を描き彼方まで飛んでいったとさ。



          §



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る