67


 

 皆を連れ、来た道を戻る二人。

 しかしというか、当然というべきか、途中、無様に転がっている仮面達を見て彼女達の足が止まった。


「あ、あれは」


「ここのグループの親玉?みたいなものです」


「……知って、ますッ」


 彼女達の中で燻っていた怒りが、捌け口を見つけ爆発した。

 我先にと簀巻きに走り、これでもかと蹴りつける。中には馬乗りになって殴打している者もいる。


 東条は満足気な笑みを浮かべながら。ノエルはカメラを構えながら。そんな光景を後ろから見ていた。


「ははっ、これはなかなか、いい気分だな」


「わかる」


 好きなだけ暴力を振るわしてあげよう。と傍観していた二人であったが、次の瞬間、東条が地を蹴り、ノエルが指を振った。


「――ッ(クソ女どもがァ)‼」

「調子に乗ってんじゃねェッ‼」


 ピエロから同方向に三本の水槍が射出され、スキンヘッドを中心に炎が暴れ狂う。


 女性達は反応すらできない。


 水槍を向けられた彼女が、自身に突き刺さるであろうそれを遅々として知覚した。

 と同時に、グイッ、と身体を引かれ、何故か迫っていた水槍が破裂。


 そしてコンマの内に、スキンヘッドが土釜によって密閉された。


 土釜の中から聞こえる、炎の音。

 女性達が尻餅をつく音。

 一連の出来事を気にした風もなく続く、殴打の音。


 その場にいた全員が今の一瞬で起きた事を理解できず、目をパチクリとさせる。


 二人を除いて。


「こいつら危ないんで、近づくのはあんまお勧めしません。石とか投げたらどうです?」


「ぁ、は、はい。あの、有難うございます」


「いえいえ、どういたしまして」


 東条は濡れた片手を振って水をきり、腰を抱いていた彼女を離した。


「あれどうする?」


 ノエルが釜を指さす。中から微かに怒号が聞こえてくる。出すと面倒臭そうだ。


「あのままでいいっしょ」


「ん」


 怒りが逸れてしまったのか、静かになった彼女達を見る。


「もういいんですか?」


「……正直、殺したい程憎い気持ちは無くなりません。でも、……おかげで少しスッキリしました。本当に、有難うございます」


 ぎこちなさはまだ残るが、清々しい笑みだ。殴打していた彼女も、血濡れた拳でピースしている。

 彼女達がそれでいいと言うのなら、自分はもう何も言うまい。


「では、行きましょうか」


「「「はい」」」


 良い返事を聞いた後、釜を残し簀巻き軍団を邪魔だとリビングの方に投げ捨てる。すると、


「ま、待ってくれ!私達はこいつらに騙されたんだ‼一緒に連れていってくれ!」


「そ、そうだ!助けてくれ!」


「ええそうよ!」


 静かだから猿轡をつけなかった高年組が、焦り助けを求めてきた。


 しかし東条とノエルは振り向きもせず、玄関を潜り外に出る。背中に、惨めに泣き喚く声を聞きながら。


「……彼等、見た事ない顔ですけど、このグループなんですか?……何か言ってるようですし」


「はて?私には何も聞こえませんが?」


「っ……ごめんなさい(しゅん)」


 冗談を言ったつもりだったが、恐がらせてしまったみたいだ。東条は笑って補足する。


「あれは喋る人型のゴミですので、気にしなくて大丈夫ですよ」


「――っご、ごめんなさいっ。もう何も聞きませんし、何も言いませんっ」


(あれ?)


 思ってた反応と違う。


 最後に東条の悪口を言った高年の顔面を、わざわざ蹴り飛ばして帰ってきた殴打娘の頭を撫で、女性達をノエルが作った大型の筏いかだに乗せる。


 周辺から向けられる下っ端の視線に少々怯えていた彼女達だったが、何もしてこない彼等と、何より一番近くにいる最強生物を見て落ち着いたようだ。


「それじゃノエル」


「ん。分かってる」


 庭のベンチに座るノエルを見て、東条は筏を持ち上げた。


「わっ、凄い。ノエルさんは一緒に行かないんですか?」


「彼女にはまだ仕事がありますので。それよりもしっかり捕まってて下さいね。……この中で絶叫系の乗り物が苦手な方っています?」


 過半数が手を上げる。


「……それじゃあ、これを機に好きになって下さい!行きますよぉ?」


「「「っ」」」


「オウルァッ」


「「「――ッッ⁉⁉」」」


 彼女達の視界は一瞬で汚い街から青空へと切り替わり、そしてその光景に見惚れる暇もなく、内臓が浮く感覚に襲われる。


 加速しながら迫る地面に、誰もが死を覚悟した。

 直前、空飛ぶ筏よりも速く地を駆ける何かが、彼女達の視界に入った。


「さあ‼俺の胸に飛び込んデフッ!」


 先回りし全身で巨木を受け止めた東条は、衝撃を逃がす為わざと地面をスライドする。

 五m程水を裂き、ようやく止まった。


「ふう、……大丈夫ですか?」


 筏を水に浮かべ彼女達を見れば、無事と言えるのは爆笑している殴打娘だけだ。他は完全に伸びてしまっている。


「だ、大丈夫なわけないですよ。何なんですかもう……」


「いや~綺麗な人が多いですから、ちょっと気分昂って調子乗っちゃいました」


 靴もビチャビチャですよ、と続ける東条に、彼女達の頬がが仄かに赤くなる。


「……そんな褒めても、何も出ませんよ?」


「なに、私は美しい女性の手助けが出来れば、それで充分でございます」


 優雅に一礼する東条に、クスクスと笑いが起きる。


「えっと……お名前は」


「まさでございます」


「ふふっ、まささんはひょっとして、女ったらしの方ですか?」


「滅相もない。私は拗らせすぎたド陰キャですよ」


 渾身の自虐、というか事実に、今度こそ堪え切れなくなった笑いが辺りに満ちた。


「それで、拗らせド陰キャたらしのまささんは、これからどうするんですか?」


「不名誉すぎるあだ名に苦言を申したいところですが、そうですね、……そろそろだと思うんですけど、」


 先程いた場所から百mは離れた。半グレ達の縄張りも、もう出たはずだ。ノエルなら感知できるはずだが……。そう考えながら来た方向を見ていると、


「「「――ッ⁉」」」


「お、流石」


 自分達から少し離れた場所に、まるで半グレの縄張りを囲む様に、高さ十mの土壁が盛り上がり顕現した。

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