66


 

 案内された場所は、元は金持ちの家だったのか、庭付きの豪邸であった。


 突っかかってきた見張り数人の膝を折り、玄関の扉を開く。


「っ……」


「くさ」


 途端に漂ってくる、どこか甘ったるく生臭い臭気。東条は諦念を抱き、廊下に足を踏み入れた。


 リビングまで進み、すりガラスのドアの向こう。身を寄せ合う何かが此方を見ている。


 彼は引き摺ってきた者共を玄関に投げ捨て、ドアノブに手を掛けた。


「……ノエル、カメラ下ろせ」


「何で」


「いいから、……下ろせ」


「……ん」


 有無を言わさぬその口調に、ノエルは素直に従った。


 東条はドアを押し、室内に一歩を踏み入れる。


「ひっ」


 誰ともつかない、そんな怯えの声が、二人の耳を打った。


 簡素な服を着せられただけの、心身ともに疲弊した二十人余りの女性。二人を映す彼女達の瞳は、今にも壊れてしまいそうな程恐怖に歪んでいた。


「……はぁ」


「「「(ビクッ)」」」


 東条の溜息一つで、女性達の肩が震える。


 ――血が飛び交い、肉が弾ける、秩序の無くなった世界。

 生物が欲のままに自由を手に入れる反面、その犠牲となるモノが出てくるのは自明の理だ。


 力ある者が喰い、力なき者が喰われる。

 傲慢に、強欲に、憤怒に、嫉妬に、怠惰に、暴食に、そして色欲に。強者の些細な、されど圧倒的な罪一つで、弱者は蹂躙される。


(……あぁそうだ)


 改めて思い出す。


 ここは血沸き肉躍る、最低最悪で、



 最高な世界だった。



 ノエルが黙ったまま動かない東条のコートを引っ張る。


「……まさ、」


「ん?どした」


「怒ってる?」


「怒ってる、のかな。……正直、この状況に納得してる自分が、恐ろしいよ」


 世界が変わる前の自分なら、少しは取り乱したり、義憤に燃えたりしたのだろうか?


「ノエルは?」


「何が?」


「何か感じるものは?」


 透き通った紫の瞳が、もう一度彼女達を射抜く。


「……何も。弱肉強食。子孫繁栄。普通の事」


「ハハっ、普通の事、か。……人間ってのはそうやって割り切れる程、簡単な構造してないんだぜ?」


「……心にもない事を」


 自分を見透かす彼女の紫眼に、乾いた笑みが漏れる。



「……だから俺は、それを確かめながら生きてかなきゃならんのさ」



 東条は怯える女性達に近づき、膝を曲げ目線を合わせた。


「大丈夫ですよ。私達は貴女方を助けに来たんです」


 勤めて優しく、穏やかに話しかける。


 恐怖から疑念。疑念から希望。数秒の後、一人の女性が口を開いた。


「……ほ、本当ですか?」


「ええ。特区の外とまではいきませんが、こんな場所よりも安全で、快適な場所へ連れて行ってあげれます」


「……特区?」


「……、今世界中にモンスター、化物が現れているのは知ってますか?」


「はい」


「ここ、山手線の内側は、その中でも特別危険な場所。特区と呼ばれているんです」


 今まで情報を奪われていた彼女達の間で、動揺が広がる。


「安心してください。ここ近辺に強力なモンスターはいませんし、近くに避難民達が協力して作り上げたコロニーがあります。そこの人達は皆優しいですし、何より強いです。外からの助けが来るまで、安全に過ごせると思いますよ」


 優しい声かけに、徐々に警戒を解いていく彼女達。降って湧いた希望の光に、一人、また一人と立ち上がっていった。


 今まで話していた女性が、東条を真っすぐ見つめ、頭を下げる。


「私達を、助けて下さいっ」


 次々に頭を下げる弱き者達に、東条は優しく笑った。


「勿論です」

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