53

 

「――ッッ⁉」


 腹に響くような音が鳴り、瞬間、すぐ隣の機器類がコンクリートごと削れ飛んだ。

 遅れて途轍もない破壊音が耳を焼く。


(なッ、んだ⁉)


 咄嗟に音の鳴った方を見てみれば、かち割れたガラスの奥、バスローブ姿の二人が立っている。


 その内一人が、アンチマテリアルライフルを自分に向けて。


(――っあれを、撃ったのか?人に向けて⁉)


 その躊躇いのない狂気に、朧は自身に身体強化(通常)をかけ、迷わず物陰を飛び出した。


 彼の姿に東条とノエルも気付く。


「お、いたいた」


「逃がさない」


 ノエルが右手を翳す。


 対する朧はライフル弾を躱す為、高速でジグザグに走りながら魔力を練る。


 そして、


(――っメランジェ)


 一瞬にして姿を消した。


「っ透明化かよ。スゲェな」


「追える?」


「愚問」


 姿が消えたと言えども、魔力の軌道は必ず残る。

 並みの生物なら混乱する技でも、魔力に慣れ親しんだ二人には効果ない。


 という事など、朧とて理解している。


(――ッ!落ち着けっ、落ち着けっ!)


 彼は屋上を貫き生える無数のうねる植物を躱しながら、cellを発動する。


 その変化に、東条が目を凝らした。


「ん?何だ?」


「チっ」


 一気に存在が薄くなる朧にノエルは焦り、巨大なハエトリグサを顕現。

 屋上を巻き込み、彼の足場ごと捕食した。


 しかし瞬間、バチチッと鋭い音が鳴り、植物に青白い線が駆けると同時に一部が焦げて弾け飛ぶ。


 電撃。

 そう二人が理解するよりも前に、彼は準備を終えていた。


(――ペルフェクシオンッ‼)


 ハエトリグサから飛び出した彼の、魔力、気配、全てが消えた。


 朧を完全に見失った東条が瞠目する。


「消えた!スゲェ!」


 興奮する東条を遠目に、空中で朧はほくそ笑む。


 自分の力は、彼等をも欺き得た。それは自分が、魔境の第一線で生存できるということに他ならない。


 さっさと帰って大学を出よう。

 そう思考を切り替える彼は、……またも彼女の力を読み違えた。


 ノエルが大きく腕を広げるのに呼応し、地響きと共に巨人の手が大地から生える。


「……甘い」


 朧の浅慮を笑う様に、彼女は思いっ切り両手を組み合わせた。


 動き出す腕。

 閉じる掌。


「……ははっ」


 未だ中空の彼は、迫りくる巨腕を避けることが出来ない。

 その威容を、ただただ唖然と眺めていた。


「……蚊って、こんな気分なのかな……」


 そんな朧の思いは轟音にかき消され、マンションの上階全てが両手の中に収まった。

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