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『いつから?全く気付かなかったぞ』
『確信を持ったのはさっき。ヌムヌムの所からついてきてる。もっと前からかもしれないけど、気付けなかった』
『お前が気付かないって、それヤバくね?』
自分と、ましてやノエルの探知を掻い潜り追跡するなど、強者であればあるほど不可能のはずだ。
『てかよく気付いたな』
『不自然に出たり消えたりする魔力があった。それだけに集中してようやく逆探知できた』
(……それほどか)
東条は緊張する。
戦闘態勢に入ろうと力む、が、ふ、と脳裏に一人の人物が思い浮かんだ。
『隠れるのが上手いって、まさか』
『ん。たぶんあいつ』
朧 正宗。
大きいにも関わらず薄い、という不思議な魔力を纏った青年。
彼がもし隠密系のcellに覚醒しているなら、そのような芸当も可能かもしれない。
『場所は?』
『窓を正面にして十時の方向。灰色のマンションの屋上』
東条はわざと眠たそうに立ち上がる。
(……百mちょいか)
リュックからライフルと弾、タオルを取り出し、関節視野でマンションを確認してベッドに戻った。
「手入れすんの忘れてたわー」
『お前の能力届くか?』
タオルで銃身を拭くように見せ、銃弾を装填する。
「銃はそれが面倒」
『余裕。顔面100点ね』
ボルトを引き、安全レバーを外し、
「当たるかよっ」
腕を武装と同時に背後を振り向き、ガラス越しに屋上目掛けぶっ放した。
§
彼、朧は、二人がホテルに入った後、部屋が良く見えるマンションの屋上に潜んだ。
ノエルが服を放り投げ風呂に入るのを見てしまい、自分は覗き魔ではないんだと焦って背を向けた彼は、今は屋上の機器類に背中を預けて室内を見ないようにしている。
ストーカーをしているとはいえ、誠実ではあるらしい。
(……怖すぎてだいぶ使っちまった)
軽食を取る彼の額には、少なくない汗が滲んでいる。
それは運動や緊張から来るものではなく、彼の能力によるものである。
名を、
Birther 『静かなる隣人』
体内に取り込んだ魔素を、原理は不明だが、透明化の性質を持つ魔素に変化。
朧は体表十五㎝以内に限り、そこから練り上げた魔力を自在に扱うことができる。
切り替えは常時可能で、通常の魔力を扱うことも出来る。
その特別な魔力を自身に纏うことで、完全に姿を消すことが可能。
そしてこのcellの強力なところは、物体に限らず行使した魔法にも適用される点である。
体表十五㎝以内という制限は付くが、敵に姿を見せないまま、見えない攻撃を与えることが出来るのだ。
姿を隠し、魔力を隠し、魔法を隠し、気配などと言った細胞に溶け込んだ潜在魔力すら隠す。
全力でcellを発動した朧に気付くのは、例えノエルだろうと不可能なのだ。
しかしこれ程の力、勿論デメリットも存在する。
端的に言って、疲れやすいのだ。
魔法を行使する場合、通常の過程だと、
魔素を取り込む→魔力に変換→属性をつける→放出。
という四工程に分けられる。
しかし朧がcellを使った場合、これに『魔素を透明化』という一工程が加わる。
それに透明化した魔力は、通常の魔力と比べて、扱うのに体感三倍程の集中力とエネルギーを要する。
気配も何もかもを断ち、完璧に存在を隠す為にこの魔力で身体強化を行えば、
『属性をつける→放出』という過程は無くなるも、『循環』という数段難易度の高い工程を組まなければならない。
結果、朧はCellを使う度に、倍々の疲労を約束されるのだ。
彼は湧き出る汗を拭い、水を煽った。
二人をつけるのだから、全力で。という精神の下、彼はここまで身体強化(完全透過)を出来るだけ維持してきたのだ。
その疲労度は、常人が五㎞を全力疾走したのと同じ程。
それで汗をかき座り込む程度で済んでいるのは、偏に彼の鍛錬の賜物である。
……しかし朧は、ここに来て一つだけ間違えた。
今まで隠せてきたという自信が。
これだけ離れていればという安心が。
彼等も休んでいるという油断が。
ノエルという化物に、自分の居場所を教えてしまったのだ。
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