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 ――「捕まえた?」


「たぶん」


 依然生命反応が何も感じ取れない為、そこにいるかどうかも分からないのだ。


「死んでないよな?」


「……たぶん」


 組まれた手の上に移動した二人は、大きな指に耳をつけ中の音を聞こうとする。


 静まり返った内部に、幾許かの心配が湧き上がる。


「お、俺知らないからな」


「不可抗力」


「過剰暴力だよ」


 二人でワタワタと罪の擦り付け合いをしている、そんな時、突然足元が少し揺れた。


 よく聞けば、連続する重音が小さく響いている。


「……殴ってる」


「殴ってるな」


 自力で抜け出そうとしているのか、それなりの力でぶん殴っているのがよく分かる。


 どのような状況であれ、生存は確認できた。一安心だ。怪我してたら自己責任ということで。


 ノエルは小さな穴を空け、中を覗き込む。


「お前は包囲されている。姿を見せろ」


 するとすぐに一人の男が虚空から現れ、観念したように手を上げた。


「大人しくする、出してくれ」


 抵抗する気もない、と朧はひらひらと白旗を振った。




 二人はとりあえず通気性が良くなってしまった部屋を変え、床に転がるそれを見下ろす。


 何を隠そう、頑丈な蔦で簀巻きにされた朧である。


「初めまして、ではないか。まさです。動画投稿者をしています」


「ノエル。好きな食べ物はラーメン」


「……朧 正宗です。好きな食べ物は麻婆豆腐、です」


 突如始まった自己紹介。

 状況も相まって、朧の頭に疑問符が浮かぶ。

 まずは謝罪、次に命を要求されると思っていたのだが。


 兎にも角にも、と朧は簀巻きのまま正座になり、頭を下げた。


「勝手について来たりして、申し訳ありません」


「認めたぞ。ストーカーだ」


「警察警察」


「ちょ、待ってくれ、下さい!」


 クールな顔に汗を垂らし必死になる彼を、二人が冷めた目で見つめる。






 …………『はい、こちら警察。どうしました?』






「繋がってる⁉」


「ストーカーにあってる」


『相手が誰か分かりますか?』


「ちょっと‼お願いします!許してください‼」


「まさ」


「何で⁉」


 騒ぎ散らす男二人に呆れ、ノエルは電話をぶっちする。


「はぁ、取り乱しすぎ」


「何で⁉ねぇ何で⁉」


「はぁ、はぁ、助かった」


 詰め寄ってくる東条を無視し、彼女は朧を再び転がし踏みつけた。


「何で追ってきた?正直に言え」


 自分を見下す冷眼に、彼はびくりと固まる。


「と、飛んでいくお二人が見えたので、興味本位で後を追いました。戦い方を生で見たくて」


「何で姿を消した?」


「自分の力が、お二方に通用するか確かめたくて……」


 結果こうなってしまっているが、と朧は自嘲気味に床を見つめた。


 そんな彼を東条が笑う。


「まぁ、事実俺は全く気付かなかったしな」


「……正直、何でバレたのかが知りたいです。教えていただけませんか?」


 彼はノエルを見上げるが、ノエルはその頬をぐりぐりとスリッパで踏みつけた。


「立場を弁えろ。質問するのはノエル」


「ふ、ふぁい」


「……でも答えてあげる。

 その能力、頻繁に息継ぎが必要。だと思う。

 ノエル達と同じ道を通った上で、出たり消えたりしてたら、流石に気付く」


 朧は彼女の感知範囲の広さと、何より自分の能力の弱点まで当てられたことに瞠目した。


「百mも空いていたのにか……」


「ノエル達が、どんな場所で生活してたと思ってる。それくらい余裕」


 彼女の言葉に呆気にとられる朧は、東条に目を移す。お前もそうなのか、と。


「ん?俺?無理に決まってんだろ。こいつがヤベェだけだ」


 笑って否定する東条に、彼は一安心した。


 そして改めて理解する。自分が如何に能力に頼っていたかを。彼等との間に、どれだけの差があるのかを。


「……俺もまだまだだな」


 朧は澄んだ瞳に窓の外の青い空を映し、再び一から努力しようと決めた


 しかし、


「浸ってるとこ悪いけど、ノエルはお前を消すべきか悩んでる」


「っ……そこを何とか」


「お前の能力、危険すぎる。本気で隠れられたら、ノエルにも何もできない。闇討ち、暗殺、懸念が増える」


「そんなことしませんよ」


「お前がするかどうかじゃない。ノエルが気にするかどうかが問題」


「っ……」


 しごく冷めたその瞳が、雄弁に物語る。


 脅しや揺さぶりではない。彼女は本気で迷っているのだ。


 彼女は、人の死に躊躇いがない。


「ん。やっぱり殺そう」


「ま、待ってくれ、何か」


「ノエルの警戒のリソースを人間に裂きたくない。面倒臭い」


 面倒臭い、ただそれだけ。それだけで命を奪うには余りある。


 締め付けが強くなる蔦に、いよいよまずいと朧の額に玉の汗が浮かぶ。


 そんな時、


「落ち着けって」


 静観していた東条が立ち上がった。


「前も言ったろ。そう簡単に人を殺すもんじゃねぇって」


「でも」


「でもじゃありません」


「……むぅ」


 東条はノエルの脇に手を入れ、持ち上げてベッドに座らせる。


 次いで転がっている朧を椅子に座らせた。


「あ、ありがとうございます」


 冷静に努めようと息を吐く彼の肩を叩き、正面に座る。


(イケメンだしクールだし、何か虐めたくなるな……)


「実害無さそうだし、俺としては別にこのままバイバイでもいいんだけどさ。実際にこうして俺達をストーキングしてるだろ?


 動画投稿者としてはネタの横取り的な面でも怖いし、何より俺達は、プライベートを他人に侵害されるのが好かない。な?」


「はい……」


 自分の黒い顔を指さし、プライベートに気を使っている事を示す。


 なんたって相棒が大蛇なのだ。そんなこと絶対に知られてはならない。



「てことで仲裁案なんだが、お友達にならないか?」


 彼は黒い顔の下で、ニッコリと微笑んだ。

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