14

 


「本部って……」


 到着した場所を見上げ、東条は一人ごちる。


「驚いたか?」


「えぇ、まぁ」


 彼が驚くのも無理はない。


 何せその場所は、日本の防衛施設の要、防衛省に他ならない。今では旧防衛省と言った方が正しいのかもしれないが。


「ここからは私が案内する。お前は戻って私の部屋の掃除を続けろ。呼んだら来い」


 部下にコートを脱がせる紅が、康に向けて言い放つ。


「……はぁ、分かりました」


「何だその溜息は」


「な、何でもないです!ではっ」


 うっかり漏らした溜息のせいでうっかり殺されるのは御免だと、康はハンドルを切り一目散で去って行った。


 まざまざと見せられた覆ることのない上下関係に、二人も同情を禁じ得なかった。




 ――「お疲れ様です!」「お疲れ様です!」


 一歩進む毎に聞こえてくる定型文。

 お疲れ様のゲシュタルト崩壊。


 東条とノエルは、何度目かの挨拶にうんざりを通り越して関心すら湧いてきていた。


 幹部である紅に向けられる挨拶は、入口を潜った直後から途切れずに続いている。


 当の彼女はそれに返事すらしないため、自分達がどういうムーブをすれば良いのか全く分からない。


 部下達に見送られエレベーターに乗り、ようやく静かな空間が戻ってきた。


「もうすぐだ」


「はい」


 ベルが到着を報せ、そこから目的の部屋までもう少し歩く。


 どんな人が待っているのか。

 ヤクザのボスなのだから、ムキムキのスキンヘッドなのだろうか。

 そんなことを考えていた、



 直後、二人の肌を粟立つ感覚が襲った。



 ……目の前にあるのは、一つの扉。


「ここだ」


「「……」」


 二人を一瞥した紅は、遠慮なく扉を開け放つ。


「ボス、今帰ったよ」


「……はぁ、見ればわかるよ。男の子の部屋はノックしましょうって教えたよね?」


 もう何度同じことを言ったか。藜が突っ伏し顔を覆った。


「別にいいだろう。その年で自慰している訳じゃあるまいに」


 悪びれた様子もない紅が澄ました顔で自分の後ろ付いたことで、これ以上言っても無駄か、と藜も諦める。いつものことだ。


 そして、彼は未だ部屋に入ろうとしない二人に目を向ける。


「どうした?茶と菓子も用意している。早速話し合おう」


 濁り切った瞳で、見定める様な笑みをその顔に張り付けるのだった。

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