13


 

 真赤なロングコートの背中についていくと、用意された一台の黒塗りのベンツに乗せられる。


 運転席に座るのは、そろそろ親しみが湧いてきた康だ。


「出せ」


 助手席に座る彼女の一声で、車は静かに動き出した。



 ――誰も口を開かない車内。


 ノエルのキーボードを弾く音が、辛うじて空気を保たせている。


 東条はそんな中、流れる景色を目で追い、その不可解さに少しばかりの疑問と興味を抱いていた。


 車が走れるという事は、それだけの道幅があるという事。そしてそれが、一直線で本部とやらに繋がっている。


 不規則にトレントが生えるこの区域で、これだけ綺麗な直通路はほぼない。

 要するにこれは、人工的に造られた道路だ。


 たまに小さく跳ねる車の下には、無理矢理圧し潰された様なトレントの残骸が数多く散乱している。

 数mある密度の塊が、厚さ一㎝程までに圧縮されているのだ。


 強力なcellに覚醒した者がいると見て、先ず間違いない。


 それが目の前の紅なのか、康なのか、他の組員なのかはまだ分からないが、願わくば一目見てみたいと気持ちを高ぶらせる東条であった。


「紅、煙草臭い。消して」


「ハハハ、断わる」


 ノエルに(これ以上刺激するのはやめてくれ)と心の中で念じながら。





 §





「ボス、焔李えんりの嬢ちゃんがそろそろ着くらしいぞ?」


 高官の執務室らしい部屋にいる、二人の男。


 長く伸びた白髪を後ろで一つに束ねた老爺が、どっかりとソファーに腰かけ、もう一人に語りかける。


 老爺の肌には長き時を生きてきた証が深く刻まれているが、弱弱しさなど微塵も感じさせない程の覇気を身に纏っている。


 黒スーツに彼の老いが負けるはずもなく、粛然たる様は洗練され、見る者を引き付ける典麗さへと昇華させられている。


 傍らに置かれた一振りの刀剣と相まって、その姿は宛ら現代の侍である。


「……あぁ」


 ボスと呼ばれた男は杖を手に取り、慣れない足取りで窓際まで進んで行く。


 年は四十近くか。

 きっちりと着こなされたスーツとは逆に、乱雑に掻き上げられた黒髪と、生え散った無精髭が妙なギャップを感じさせる。


 捻れた美しさを持つ彼の一歩は、どこか優雅で、儚く、そして恐ろしい。


 やる気の無さそうな風体から漏れ出るエロスが、彼のミステリアスさの根源である。


「歓迎の準備をしようか」


 ジャパニーズマフィア藜組組長、藜あかざは、窓の外を眺め、深く、遠い目で彼等を見やった。





 §





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